自然科学書出版  近未来社
since 1992
 
甦る断層 −テクトニクスと地震の予知−

あとがき

 本書では,露頭で認められる断層および破砕帯の存在や,地震に伴われて現れた様々な災害の記録を知ることによって,断層と地震との関係を解明し,我々に将来被害を及ぼすであろう地震の予知について,私たちの研究結果を中心にして話を進めてきた。
 そもそも地震は断層の活動で起きるのであるから,これらは同じであるはずである。ところが,そのことは観念的に理解できても,実際の研究では,この両者を関連づけることは大変困難である。本書の執筆に当たっては,断層の実体と断層活動との関連性および被害をもたらした地震をできるかぎり関連させ,そして,地震をもたらす断層活動と人間との関わり合いの視点を見失わないよう努力したつもりである。
 本書の中では一貫して,現在地形に現れている活断層は,構造線やブロック境界線の活動を反映して地表に出現した破壊面であるという見方を示してきた。ところが,従来の研究では,個々の活断層の特性や固有性が強調されるあまり,活断層は独立して活動するものであると,みなされてきた。しかし私には,何故その活断層が活動するのか,どうしてその活断層が動かなければならないのかという重要な視点が,そこには欠落していたように思われてならない。活断層は当然,日本列島のテクトニックな環境を知ることによって始めて,地震を起こす活断層の活動を解明することができるということを,本書を通じて理解していただければ幸いである。
                       *
 人間が自然を解明するという立場ではなく,自然が人間に語りかけてくれているという姿勢を大切にして,私はこれまで断層と地震の研究に取り組んできた。自然が人間に語る言葉の通訳をするのが自然科学者であると,私は思う。自然を深く理解しようとしなければ,いくら研究しても自然現象は解明できないであろう。地震をいくら詳しく研究しても,断層をいくら詳しく調査しても,そこからは何も生まれてはこない。地震や断層から何を知り,何を解明しようとするのか,何を知ることが人類にとって一番重要なのかを,充分に考えていく必要がある。目的のない研究からは何も生まれてはこない。言うまでもなく,地球科学は,地球と人類が将来にわたって共存することを,究極の目的としているはずである。そのような強い目的意識をもって,私は研究を進めたいと思う。

 これまで断層は,地震を発生させてきたということも含め,人間に大きく関わってきた。例えば,本書の中で詳しく触れているように,断層や破砕帯の存在が,エネルギー資源の開発や大規模構造物の立地選定に当たって,実際の設計に大きな影響を与えてきているのである。したがって,私たちは,断層や破砕帯の実体やその活動について充分に理解しておく必要がある。このような意味において,断層や破砕帯の調査に関わっている地質技術者や土木技術者,活断層や地震に関係する研究者,加えて将来このような分野に進みたいと考えている学生諸君に対して,本書が,断層や破砕帯の存在の意味,地震発生のメカニズムや地震予知のあり方について,従来にない見方やとらえ方を提示しているとするならば,著者としての責務は充分果たしえたことになるであろう。
                      *
 私はこれまでに,自分では幅広くいろいろな研究を行ってきたように思っていたが,この本を書き終えてみて,一貫して断層とそれに関わる地震について研究してきたことに気づいた。視野と研究の幅の狭さを改めて感じさせられた。そして,あたかも自分一人でアイデアを生みだし,一人で研究を遂行してきたかの錯覚を覚えたこともあるが,それがいま全く間違いであったことに気づいている。多くの人達の協力と支えが得られなかったら,研究の発展は得られなかっただろう。このような形で一冊の本として研究をまとめることができ,一つの区切りを得ることができた。この本を書くことで私の研究が終わったわけではない。私にとってこの本は『断層と人間』学の卒業論文のようなものである。さらに,初心にかえって,新たな視点から研究を続けていきたい。〈以下,略〉

 1993年7月
金折 裕司