自然科学書出版  近未来社
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断層列島 −動く断層と地震のメカニズム−

あとがき

 ひとたび地震が起きると,その破壊力は凄まじいものがある。それゆえ,被害が誘発されるたびに,断層の活動で起きる地震の破壊力の前に我々人間は非力であり,地球上に生息する一生物にしか過ぎないことを思い知らされる。ともすれば,忘れがちではあるが,確かに断層が動くことによって地震が起きるのである。したがって,地震などに誘発される自然災害を少しでも軽減させるためにも,断層と地震の実態やその関連性をこれからも解明していく必要があろう。歴史的にみても私たちは過去から現在に及ぶまで,同じように地震災害に見舞われてきている。その都度,災害や哀しみを乗り越え発展してきているのである。過去の被害地震や地表に現れた断層は,私たちに多くのことを物語ってくれているはずである。このことを少しでも解明しようとする私なりの意図が本書を通じて理解していただければ幸いである。
 いつも一緒に議論している川上紳一さんと,「我々の研究はいちょうの木の下で落ち葉を掃いているようなものだね」と話をすることがある。落ち葉を掃いた後きれいになったかと思うと,また風が吹いて葉っぱが落ちてくる。そしてまた落ち葉を掃く,このことの繰返しを比喩したのである。私たちの研究も一つの問題を解決して論文を仕上げ,やれやれこの問題が片付いたと思っていると,また,解決しなければならない新たな疑問が浮かんでくるのである。このようなことを繰り返しているのである。しかし,新たなアイデアが浮かんだり,問題が解決できた時が,本当に研究者になってよかったと思う一瞬である。しかし,このようなことを繰り返していても,なかなか“断層と地震”の本質には迫れない。私たちは竹槍と小石をもって,とてつもない大きい怪物である“断層と地震”に挑んでいるような気さえする時がある。そして,現在知り得ている断層と地震に関する知識や知見は,その片鱗にしか過ぎない僅かなものであると感じることもある。その怪物に対して私たちがしている挑戦は微々たるものであろう。しかし,微力の蓄積がいつの日にか大きな力となって,断層と地震の実態が解明 でき,地震災害を克服できる日がくることを夢見る。

 私は,本書では一貫して断層の動きが地震を起こすということを述べてきた。つまり,断層は地震発生の原因であり,地震の発生は断層運動の結果である。このことは,断層と地震を別々に研究するのではなく,両方を関連させて研究していかなければならないことを意味している。1990年にChristopher H.Scholzが著した『The Mechanics of Earthquakes and Faulting』(Cambridge University Press)は,両方のアプローチを集大成した貴重な名著であるとともに,『断層と地震』学の素晴らしい教科書である。本書を執筆する上で,この著書が大変参考になったことは言うまでもない。日本大学の柳谷俊さんは,この著書を辛抱強く丁寧に翻訳された。訳書は『地震と断層の力学』(古今書院)として刊行されている。翻訳される過程で,その都度柳谷さんから依頼され,翻訳原稿と原文を照らし併せて読む機会を得た。このことが,Scholzの著書の内容を理解するのに大変役立った。断層や地震に関与している技術者や研究者に一読することをお勧めしたい。

 名古屋大学の水谷伸治郎先生は明春3月末に退官される。私が九州大学を卒業して,先生の門を叩いたのが1973年であるから,それ以来20余年が過ぎたことになり,私は当時の先生の年齢に近づきつつある。野外調査や修士課程の研究を通じ現在に至るまで,先生にはかけがえのない多くのことを教えて頂いた。私が曲がりなりにも研究者としての道を歩むことができたのは,すべて先生のお陰であるといっても過言ではない。もし,師としての水谷先生との出会いがなければ,現在の私の発展はなかったように思う。本書が,明春退官される先生へのはなむけの一つとなれば幸いである。
 世の中では,先生が弟子の仕事や研究成果を勝手に横取りして自分のものにする,という話はよく耳にする。しかしなから,私の場合では,研究の多くの部分が水谷先生のアイデアによるものであり,弟子が先生のアイデアを盗んだのである。幸いなことに弟子が先生のアイデアを盗む分には,お咎めがないようである。本書の中で紹介した木曾川河床に認められる見事な共役をなす雁行配列した石英脈の露頭は,きっと先生の大切な研究材料であったに違いない。そのような立派な材料を頂いたにも拘らず,私はそれを充分に解明してはいない。その研究成果もしっかりとした学術誌に投稿することすらしていない。先生の退官にあたって私の怠慢さをただお詫びするしかない。

 NHK教育テレビで企画されている『人間大学』の中の1つのシリーズとして,上田誠也先生が『地球・海と陸のダイナミクス』というタイトルで,今年の1月から3月にわたって毎週1回講義をされた。テレビ画面を通してではあったが,私は20年振りに先生のお顔を拝見することができた。その講義を通じて,自然科学者として偉業を達成された先生の学問観を学ぶことができた。そのような偉大な先生に,前著に加えて,本書にも巻頭の推薦文を頂くことができ,身に余る光栄を感じている。御多忙な身にもかかわらず,推薦文執筆の時間をさいていただいた上田先生にあらためて深謝の意を表します。〈以下,略〉

 1994年6月
金折 裕司