自然科学書出版  近未来社
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風化と崩壊 −第3世代の応用地質−

はしがき

 大地は変貌している。それは極めて息の長いもので,ともすると忘れ去られがちである。しかし,それは確実に進んでいるものであり,稀に起こる大地震,火山噴火,集中豪雨は,このことを過酷ともいえる形で思い起こさせる。我々は,この変貌する大地の上で,それと調和をとりながら,生物界の一員として生きてゆかなければならない。人間の力は,今や,高度な技術発展と人口爆発によって大地に脅威をあたえるまでになった。今こそ,我々は大地の変貌に真剣な目を向けるべき時である。

 読者は「応用地質学」という言葉から何を連想するであろうか。おそらく,多くの人は,土木に関連した地質学を思い浮かべ,ダムやトンネルを連想することと思う。そして大多数の人は,応用地質学は科学的というよりも実用的な面を重要視していると考え,一方でそれに対峙するようなものとして「純粋地質学」を思い浮かべることと思う。たしかに応用地質学は,地球の歴史をひもとく地質学とは研究の目的や動機を異にしており,特に戦後は「土木地質」とも言われたように,大規模な構造物建設に関連した地質を対象としてきた。しかし,地球環境問題が大きくクローズアップされる中で,地質学を含めた地球科学に対するニーズは多様化してきており,それとともに応用地質学も変化しつつある。

 私は,大学で地質学の勉強をして以来,財団法人電力中央研究所において実務と研究とを行なってきた。研究対象は,実務的に見れば,ダム基礎の地質,送電鉄塔基礎の地質,原子力発電基礎の地質,断層活動性,地熱資源,放射性廃棄物地層処分の安全性等,非常に多岐にわたっている。私は,こうした対象に対して,地質学,地球化学,岩盤力学,土質力学等の色々な考え方や研究手法を使って取り組んできた。私にとっては,従来の「地質学的」研究は目的ではなく,いわば手段であるからそうなったのである。目指す目的は他にあったのである。
 例えば,ダム建設予定地で我々が地質学的発達史を明らかにしたのは,そのこと自体を目的としたのではなく,それによってダムの基礎としての強度や透水性の評価等,あるいは地震動評価に貢献するために行ったのである。ダム基礎の評価のための岩盤試験や透水試験,あるいは物理探査を実施する場所を決めたり,試験結果を空間的に広げて考えるためには,地質学的理解が不可欠なのである。この点,私のやってきたことは「応用地質学」であり,何らかのことを明らかにすることだけを目的とする「純粋地質学」と目的と動機がちがっていた。しかし研究が,学問的に見て何らかの新しいことを発見あるいは創りだしていくものだとするならば,私のやってきたことも立派な研究だと思っている。もともと科学に「純粋」と「応用」の枠組みをはめること自体,おかしいとも思う。

 「応用地質学」の持つ意味合いは時代とともに変わってきており,今はいわば第2世代から第3世代へのかけ橋の時期に当たるのだと,私は思う。かつて応用地質学の語は,金属鉱床や石油・石炭鉱床等に関連した分野について用いられた。これを第1世代の応用地質学としよう。この分野は,現在では資源地質や石油技術協会等の学会がひきついでいる。その後戦後の高度成長期に,大ダムに代表される大規模土木構造物が続々と建設されるようになって,応用地質学は次第に土木工学と結びついた色彩に変わっていった。この時期はいわゆる「土木地質」の黎明期であり,地質学的知見をいかにして構造物の設計に結び付けるかといった点に主眼をおいた研究が行われた。調査の計画立案,ボーリングコアの観察・結果のの整理方法,横坑観察結果の整理方法,地質構造のモデル化の方法,岩盤の分類方法等,すべて新しく考え出すことが必要な時期であった。このように土木工学と密接に結びついたいわゆる「土木地質」を第2世代の応用地質学としよう。

 私には,第2世代の応用地質学の中心は昭和20年代から昭和の終わり頃までであったような気がする。第2世代の応用地質学は,ほとんど全く新しく分野を開拓し,数多くの巨大構造物建設に貢献した。私は,当時の研究結果を,経験や直感に基づいていて学術的でないとする風潮が現在あるようにも感じるが,これは当たらないと思う。むしろ,第2世代の時にこうした実務や研究に携わってきた人達が地質学の領域で正当に評価されなかったことが不幸だったのだと考えている。では,我々は第2世代の終わりから第3世代の始まりにあたって,一体何をやってきて,これから何をすべきなのであろうか。

 応用地質学というものの定義は簡単にはできないが,最近は,明らかに第2世代の「土木地質」とは異なってきている。国際応用地質学会(IAEG)では,応用地質学を「地質と人間活動の相互作用の結果として生じるエンジニアリングや環境,災害の問題の調査・研究や,その解決に関するサイエンスである」と定義して,新たな展開をはかろうとしている。断層活動から始まって地震の発生を研究するのも応用地質学であろうし,酸性雨の地盤浸透と中和の研究をするのも応用地質学である。また,火山の噴火にまつわる諸現象,たとえば火砕流の研究もそうなろう。応用地質学の中身は,このように,地質構造の形成過程を研究する構造地質学や,岩石や水の反応を研究する地球化学,岩盤の力学挙動を研究する岩盤力学等々と不可分となってきている。これは,化学と応用化学あるいは化学工学との関係,物理と応用物理との関係を考えれば,当然のなりゆきである。要は,実際に社会が必要とし,また,単に今ある地質学あるいは地球科学の応用では済まされないような内容,つまり,社会的ニーズを支えるための基礎的な地球科学的研究が,第3世代の応用地質学なのだと思う。名称が悪ければ,応用 地球科学でも何でも良い。

 よく応用地質学をやっていると称している人間は蝙蝠のようだと言う。確かに,地質学者の中に入ると,「私は,ただ純粋地質学をやっているわけにはゆかない。土木工学あるいは資源工学や衛生工学に貢献していかなければならない」と言い,暗に「あなた達は,好きなことだけやってればいいから,気楽でいいね」と言うし,また,これらの工学の人達の中に入ると,「私達地質家の立場では…,地質学的に考えると…」と言い,暗に「あなた達は実用性さえ考えればいいのだから,気楽でいいね」と言うといった会話がある。私は,これは,応用地質学が「学」と言うにはまだ未成熟で体力がないから起こることだと思うし,このままで良いとは思わない。第3世代の応用地質学は蝙蝠としての存在を強く主張できるようにならないといけないと思う。また,私は,何らかの大きな発展をなすには,地質学や,土木工学,資源工学などのテリトリーは障害にこそなれ,益にはならないと思う。だから,もともと蝙蝠というのは,非常に都合が良いのである。

 私は本書の中で,私の行なってきた研究を中心にして紹介し,応用地質学の抱える問題等についても触れるつもりである。書き方は,できるだけ教科書や論文調ではなく,私や共同研究者達が,どんなことを考え,どんなことで悩み,何をやってきたのか,心の流れがわかるようにした。文字どおり,「我が心石にあらず」で,本来冷静沈着を装う研究者も,実際に研究を行なっているときには,非常に人間的な考え方をとっていると思うからである。正確さ,精密さを求めた冷たい論文よりも,この方が読者には面白いと思うし,場合によっては研究結果ではなく,精神的な流れの方が,新しく何かを始める人達には参考になると思うからである。

 第1章では,我が国を広く覆う火山噴出物の地震による地すべりについて,その原因が長い間の噴火と風化,浸食の繰り返しによって形作られていることを述べる。第2章では硬い岩石が重力によって徐々に変形する現象を,第3章では徐々に変形した岩盤がついに巨大崩壊に至る現象について述べる。第4章では軟らかい堆積岩が地下水との反応によって化学的に風化していく過程を明らかにし,その過程が,岩盤物性低下や地すべり発生など,様々な現象に対して持っている重要性について述べる。第5章では水と岩石との化学的相互作用によって岩石の透水性などの性質が変化することについて述べる。

 本書は,地質学を含む地球科学に興味を持つ人一般を対象に書いた。一部に,かなり詳しく書いた部分もあるが,研究の流れを追うためである。興味のない人は読み飛ばしていただきたい。「純粋地質学」をやっている人達は本書を読んで,「こんな見方もあるのか。だが,実用性にはまだ遠いな。」と思っていただければよいと思う。ただ,本書がこうした議論のきっかけになれば幸いである。また,本書が,これから新しい道を切り開いて行く学生諸君や,地質学を社会の中で生かしておられる人達の参考と励ましになれば望外の喜びである。

 1995年2月
千木良雅弘