自然科学書出版  近未来社
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地震予知研究の新展開


【書評】
週刊文春  2003.3.13日号 (立花  隆「私の読書日記から」抜粋)
× 月 × 日

 ひところ、地震予知などというものは原理的に不可能で、一部の地震研究者がそれが可能であるかのごとくにさかんに喧伝するのは、巨額の研究費を政府からせしめるためだ、というような話が、地震研究者の間から世間にもれ出て、地震予知はすっかり社会的信用を失った。97年には、文部省の測地審議会が、「30年間予知計画を推進してきたが、実用化のめどは全く立っていない」とその話を追認するような発表をした。
 しかしその後もなにかというと、地震雲、FM電波、生物反応、地電流などさまざまの現象を通じて地震予知が可能だという話があとをたたず、年に一、二度はその手の記事が週刊誌をにぎわせていることはよく知られる通りだ。

 私は、原理的に不可能説を信じていたので、そういう話は全部マユツバと思っていたが、長尾年恭著『地震予知研究の新展開』(近未来社 2,381円+税)を読んで、考えをあらためた。

 最近、新しい学説、新しい技術によって、これまでになく多くの前兆現象データが積みあがりつつあり、予知の成功例と思われる例も、国の内外で幾つか出ている。
 特に注目されているのが、前兆的電磁気異常現象。前からFM電波の異常がよくいわれているが、実は、長波、極低周波、中波、超短波などでも異常(ノイズの多発と伝播異常)が出ており、地震と電磁気異常現象につながりがあるのはデータから明らかといってよい。ギリシアで予知に成功した地電流の変動も、電磁気異常現象の一種と考えてよい。

 問題はその異常が何をもたらしているかだが、本格地震に先行する予震あるいはその前段階の岩石の広範な微小破壊で放出される大量のイオンによるものではないかと考えられている。これが地表にまで出てくると、帯電エアロゾル、あるいは帯電ガス(プラズマ)になる。それが地震雲を作ったり、生物異常現象を起しているとも考えられる。あるいは、異常空電現象、異常発光現象など、地震でよく報告される特異現象もこれで説明されるし、地球化学的異常現象(加水の成分変化など)もこれで説明されるだろう。

 地震予知は、明らかに新段階を迎えており、広範多様な観測体制から得られるデータの積み上げをもう少しつづけると予知の原理的可能性が間もなく見えてきそうな気がする。
 いま注目されるのは、フランスが打ち上げる地震予知地球電磁場観測衛星(なぜ日本でできなかったのか)と、日本のアクティブ信号による地下監視プロジェクト(「アクロス」計画)だ。

 この本はおどろおどろしさが全くない。きわめて冷静かつ科学的にあらゆる技術の可能性とその限界を評価してくれるところがいい。

立花  隆