自然科学書出版  近未来社
since 1992
 
地震予知研究の新展開

本書の刊行によせて
2000年12月 金森 博雄(カリフォルニア工科大学地震研究所教授)

 私は一部の人には典型的な地震予知反対派と思われているので,私がこの文章を書くことを奇異に思われるむきがあるかも知れない。しかし,私は地震の物理学を知って,将来の地震活動を「予知」することに大変興味をもっているので,長尾さんの本をとても面白く読んだ。私は正直に言って,地震の予測には大きな不確定さがともない,一般の人が考えるような,気易い天気予報のような地震予知ができるようになるとは思っていない。しかし,地震現象が物理現象であるかぎり,それをよく調べて理解することによって,予知がたとえ不確定であっても,それを社会の環境にうまくあてはまるように使えば,地震災害軽減のために非常に役に立つと思っている。

 長尾さんの本には,大地震の前におこる電磁気現象に関する数多くの例が引き合いに出されていて,それらが皆本物であれば,すでに実用的地震予知が出来そうに思える程である。ところが,物事はそれほど簡単ではなく,私の見る限り,この分野は未だ「事始め」にある分野である。要するに長尾さんの本に出てくる例を見ると大部分の人は「うーん」と考えこむと思う。ある人は,そこで拒絶反応をおこして,強力な反対論者となり,またある人は,いよいよ興味をそそられてうなりつづける。私はどちらかというと後者に属する。

 どのような研究でも,はじめはうまくいくかどうかはよくわからないもので,ある程度研究者のカンにたよってきめざるを得ない。要するにハナをきかせる必要がある。私のカンではこの種の電磁気現象は地震発生に関して極めて重要なカギをにぎっているように見える。残念なことに私は電磁気学の専門家ではないので,どうして,それが有望であるかを理路整然と論ずることができない。長尾さんはハナをきかすだけでなく,実際に頭と手足を使うことの出来る研究者なので,この本はなかなかの迫力をもって読者にせまる。こまかい点では,良い意味でも悪い意味でも私をうならせるところが沢山ある。しかし,前にも述べたように,これは研究の初期の段階ではやむを得ないのであって,あわをふいて反対する人がいなくなった時には,すでにその研究は終わりということになる。この本にでてくる地震発生に関する電磁気現象については,あわをふく人が沢山いるのが現状で,あわをふく人にも一理はあるがそれはこの研究がまだ未知の謎を含んでいるということでもあり,むしろよろこぶべきことと思う。

 最近の一般的傾向として,大体わかっていることを70%から90%の所へ持っていくような研究者がきわめて多くなっている。これは研究予算獲得が日に日に困難になっていくためではあるが,学問の神髄はやはり未知の謎を解くことにある。地震にともなう電磁気現象の研究はそのようなタイプの研究であり,長尾さんの本がそのような研究を志す人のための指針となればよいと思う。

 一方,あまりにも未知の謎をとくことに熱中するあまり,研究においてもっとも基本的なデータの解析と,記述(学術論文)がかけている研究も多くある。長尾さんの本の中に出てくる例の中にもそういうものがかなりあるようにみえる。この本をそのようなことにも気をとめて読むと,やや宗教的な手法と科学的な手法を選別する訓練にもなると思う。要するに学問には,好奇心,思考能力,解析能力,批判・判断能力のすべてが必要であるということを感得させるためにもこの本は大変有益である。

 普通の意味の「地震予知」は困難であっても,長尾さんたちの努力が実を結んで,地震の物理が地震災害軽減のために有効につかわれるようになることを期待する。