自然科学書出版  近未来社
since 1992
 
地下環境機能 −廃棄物処分の最前線に学ぶ−

はしがき

 本書のタイトルである「地下環境機能」とは,今日の資源消費社会におけるエネルギーや環境問題と密接に係わっている内容である。様々な人間活動に伴う,物質や化石燃料の消費,原子力発電などによって,各種の産業廃棄物,二酸化炭素や放射性廃棄物といった多種多様の廃棄物がすでに産み出されている。これらの廃棄物の処分方法の1つとして,地質環境すなわち地中深くに埋設する方法が考えられている。この本は,もし将来,実際に廃棄物を地質環境に処分する場合,何が問題で,何を明らかにしておかなければならないのか,とくに地下の地質学的な状態(環境)や性質(機能),そこでの現象について,これまでの著者の研究や調査の結果をもとに著したものである。

 私たちは今,エネルギーや環境問題など,さまざまな社会的な課題の中で生きている。それらは私たち自身が恩恵を被ることによって生じてきたものである。これらの課題は,私たちが現在の生活環境を維持していこうとする限り,避けて通ることのできないものばかりである。これらに対して私たちには何ができ,これから先,何を行わなければならないのだろうか。現在我々が直面しているエネルギーや環境問題の多くは,今何かをして,すぐに解決が得られるといった性格のものではない。しかし,かと言って今すぐには何もしなくてもよい,ということにはならないと思う。私たちは日頃の生活においても,常に地球規模で現象が進行しつつあること,そして必ずしも良い方向に向かっているわけではないことを認識する必要があるだろう。そして,10年,20年,100年あるいはそれ以上の時間スケールで,将来に対しての対策を検討していくことが求められているように思う。本書で取り上げている廃棄物の地中への処分問題だけでなく,その他の地球環境に係わる課題についても同様に何らかの対策を準備していくことは,実施するしないの判断とは別に,将来世代への私たちの義務の1つではない かと感じている。

 さまざまな廃棄物を「地下環境に処分」する上でまず求められることは,とにかく「地下の環境」を十分に「理解」することである。そして地下環境中に何らかの廃棄物を処分した場合に,その安全性にとってマイナスの影響を及ぼすかもしれない地質学的あるいは地球化学的現象を明らかにすることである。そのためには,まず地下に潜り,地下そのものを実際に経験し,「地下環境とは何か」ということを具体的にすることが求められる。

 一方,地下環境を理解するには,地質学や土木工学などに関するさまざまな技術・知識を総合的に用いるアプローチが必要である。たとえば,地下にアクセスするためのボーリングや坑道といった「穴」を地下に向かって実際に掘削するだけでも,膨大な労力と時間とお金がかかる。「穴」を掘るにも,地下環境がどうなっているのかを正確に調べるために,従来のボーリングとは異なった工夫が必要とされる。さらに処分という観点からは,現在の「地下の環境」がどうなっているのかだけではなく,処分をした後,例えば数千年,数万年後にどのように変化していくのか,あるいは変化しないのかなどといった長期的なことについても理解することが求められる。つまりこのような地下環境とその機能を理解するという行為は,一言でいえばこれまでの理学,工学などの知識を総合的に用いて進める研究であると言えるだろう。

 この本では,地下環境への廃棄物などの処分に係わる地質学的な課題とその調査・研究の進め方について,地下研究施設での調査・研究のみならず,廃棄物処分の安全性を検討する際の重要な現象の1つである物質移動現象を例に取り上げて記述した。とくに地下環境を理解するための研究施設での調査・研究に関しては,世界各国にすでに存在し,実施されている研究施設のいくつかを事例として示した。これらの世界各国の研究は,国の方針や地質学的な差異によって,その進め方や考え方が多少異なる場合もあるが,日本におけるこれからの研究を進めていく上で非常に参考となるものである。

 最後に,私は,研究者は興味のみで研究を行なうことだけでなく,研究で得た成果を社会に還元することもその重要な役割の1つであると思っている。とくにこの分野での地球科学や地質学の果たす役割は非常に大きいと考えている。したがって,これまで進めてきた,また今後も進めていくであろう地質学的な研究で得た知識についても,何らかの社会のニーズに応じた形で適切に伝えることができればと考えている。また,環境問題に関する分野は,いかに多くの人が情報を共有化できるかということが重要であると感じている。それらに対して,本書がどれだけの役に立つかどうかは分からないが,もし本書を通して「地下環境」とは何かとか,「地下環境に処分すること」や「地下環境機能」とはどういったことなのか,といったことを多少なりとも理解して頂けたならばと願っている。

 2003年3月
吉田 英一