自然科学書出版  近未来社
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チャート・珪質堆積物 −その堆積作用と続成過程−

はじめに
 −シリカ鉱物とは,チャートとは−

 地球上に生息している動物や植物には多くの属・種があり,同じ属・種の中においても形態的多様性がいちじるしい。多種類の生物,特に植物界を構成する各生物種の近縁性や類似性を系統的に理解するための不可欠な形態的分類を行ったのは,かの有名なリンネ(C. von Linnaeus,あるいはLinnes, 1707-1775)である。彼の植物分類法は成功し,動物界にもその分類手法が適用され,成功した。現在でもリンネの分類方法は生物界を理解する基本的手法である。生物界で成功した分類方法が鉱物の分類にも適用された。シリカ鉱物の代表である水晶には小さな結晶もあり,大きな結晶もある。小さな結晶は,生物と同じように,大きな結晶へと成長していく。ならば,鉱物にも生物と同じ分類方法が適用されるはずであるという風潮が広まった。しかし,それは失敗した(Laudan, 1987)。
 リンネの分類法による鉱物の分類やそれに基づく理解は失敗したが,それでも水晶は小さいものから大きいものへと成長していることは観察事実であり,現在では実験によっても実証されている。水晶という美しい自形結晶とカルセドニー(玉髄)という繊維状結晶は形態が全く異なっているにもかかわらずこれらは同じ鉱物として扱われる。鉱物界では生物界とは異なる分類法が必要である。本書では詳しく述べないが鉱物の化学組成と結晶系による分類に加えて,自然界に産出する鉱物はそれらの晶癖(結晶ができる時の条件により生ずる多様な形態)に注目し名前がつけられている。カルセドニーは水晶と同じ石英であるが,外形(結晶形)は全く異なる。それでは,小さな水晶はどのようにして大きな水晶になり,水晶と同じ石英であるカルセドニーはなぜ水晶のような柱状六面錐体にならないのだろうか。
 地球表層部を構成する物質の中ではシリカ(SiO
2)がいちじるしく多く,海洋底では50%,陸域では60%近くを占めている。このように多量なシリカは他の多くの成分と結びつき,多種類の鉱物を作っている。その一方で,シリカが単独で作り上げる鉱物も存在し,シリカ鉱物とよばれ,その代表が石英である。水晶も石英の一種である。宝石として珍重されるオパールは非晶質であるが,シリカと水からできている。そして,チャートは基本的には石英の集合体である。
 地球規模の物質循環システムは,陸域の岩石を浸食・風化・溶解し,その風化生成物を主に河川を通して海域に運搬し,再度海底にそれらを堆積させる。しかしながら,風化生成物は元の岩石と同じではない。海底に堆積する物質も風化生成物がそのまま堆積するのではない。海底に堆積した物質(地層)は長い時間をかけて組成や組織を変化させ,さらに地殻変動などにより再度陸上に顔を出す。シリカもこの循環システムの中で姿をいろいろ変えながら地球表層部を移動している。ある場合は水に溶けたイオンとして,ある場合は放散虫などの珪質プランクトンの骨格として,またある場合は水晶のような美しい結晶として存在し,またある時にはチャートのような硬い堆積岩の構成物となる。
 チャートは火打ち石(燧石)として古くから使用されてきた。ある時期にはフリントロック式銃の点火材として使用された。引き金を引くと,チャート(フリント,火打ち石)を取り付けた撃鉄が作動して,チャートが受け金にぶつかり,火花を発して点火するという機構である。産業用としてチャートが注目されたのはチャートがマンガン鉱床を伴うことと,また,炉材としてのチャートそのものが役立つからである。日本各地で層状チャート中の黒色のマンガン鉱床が採掘されたが,現在は品位と量的な問題からほとんど採掘は行われていない。
 チャートは珪石として,古くは陶磁器原料粉砕用,耐火煉瓦材,炉材,炉床用および合金鉄原料などに使用されてきた。さらには珪砂にして,鋳造用,研磨剤,建材用,そして近年はガラスの材料やニューセラミックス原料として幅広い産業で利用されている。しかし,珪石・珪砂としての利用も停滞気味であり,採掘も進んでいない。石英などのシリカの粉末は健康被害(珪肺病)を引き起こすことが分かっており,この視点からも採掘にブレーキが掛かっている。
 しかし,チャートが示すきれいな縞模様(層状構造)や赤色チャートをはじめとする配色の美しさから天然素材のまま庭の置き石としてよく用いられている。特に,寺院の庭の置き石は石灰岩かチャートであることが多い。また,チャート分布地域の石垣の石はチャートを用いていることが多い。
 海洋底に沈殿する放散虫などの珪質プランクトンの集合は何らかの過程を経て,石英の集合体であるチャートとよばれる珪質堆積岩になる。チャートは火打ち石にも使われていることからわかるようにおそらく地表ではもっとも硬い岩石である。珪質プランクトンの骨格はオパールとよばれるSiO
2とH2Oの混合体からなっている。珪質軟泥とよばれる軟弱な珪質プランクトンの集合体からチャートになるまでにどのような過程を経ているのであろうか。本書では,地球循環システムの中でいろいろと姿を変えるシリカに注目し,その堆積作用と堆積後の変遷について記述する。堆積作用は水圏からのシリカの抽出・沈殿作用であり,堆積後の変遷とは,沈殿したシリカが姿をいろいろ変化させながら最終的な安定相である石英に到達する過程であり,専門分野では続成過程とよばれている。すなわち,チャートとはシリカを主成分とし,続成過程を経過し固結した岩石である。
 チャートは日本のような造山帯では一般的に分布し,高い山々の脊梁を作ったり,深く刻まれた峡谷壁を作ったりしている。またある場合には珪石として採石されたり,その中に含まれるマンガンを目的として採掘がされたりする。現在我々の目の前に存在するチャートができるまでに,海水を代表例とする溶液からどのようにしてシリカが濃縮・沈殿するか,沈殿したシリカはどのようにして固結していくか,の理解が必要である。

 第1部前半では,シリカからできているシリカ鉱物について概説する。シリカ鉱物には化学組成は同じSiO2であるが,結晶構造や物性,水に対する溶解度が異なる仲間(多形あるいは同質異像という)が多く存在する。同質異像の存在がチャート形成に大きな役目を果たしており,チャートなど珪質堆積岩の理解にはシリカ鉱物には多くの同質異像が存在することの知識が不可欠である。第1部後半では,堆積岩としてのチャートの定義やその主な産状を簡単に紹介する。一口でチャートといってもそのでき方は多種多様であり,チャートの解析から導き出されるその堆積環境も一様ではないことを説明する。
 我々の目に触れるシリカ堆積物はほとんど陸上に露出するチャートである。そこで,第2部では,陸上に露出するチャートやそれに関連したシリカ鉱物を肉眼,偏光顕微鏡,電子顕微鏡およびX線回折計で観察した場合の特徴などを述べる。これにより,チャートが他の堆積岩と記載岩石学的にどのように異なっているかが理解されるであろう。
 第3部では,本書の中心テーマであるシリカの沈殿,堆積作用や続成過程について現在の知見を整理して提示する。シリカに不飽和な海水からどのようにしてシリカが沈殿し,それらが,続成作用を受けることによりどのように変化していくか,その経過をどのようにして知りうるか,などについて解説する。また,層状チャートの層構造のでき方についても概説する。
 第4部では,地球表層部で実際に露出している珪質堆積物はどのような岩石と一緒に存在しているか,その性状(記載岩石学的特徴)の意味するところは何かなどについても解説する。さらに,第3部までに述べられた記載岩石学的研究以外の分野の研究においてチャートを材料としてどのような地球科学的研究が行われ,それにより地球の環境や歴史がどの程度判明しているかを簡潔に紹介する。
 第1部から第4部まででは,国内外のチャートおよび関連堆積物の研究成果が引用されている。繰り返すが,チャートという名前でよばれる岩石についても,その形成環境や他の岩石との関係は多様である。
 そこで,第5部では,読者の理解を容易にするために,筆者が直接観察しているチャートを中心に本文中で引用されているものについて,地質体としてのチャートの産状の中から本書のテーマに関係する部分を簡潔にまとめ,提示する。それらの出現地点は“本書を読むにあたって”の図1と2に示されている。筆者は,地質学において岩石の特徴や性状を述べる際には,その岩石の年代や産状などの提示が不可欠であると考えているからである。
 最後に、まとめとして,ここまでの議論に基づき,オパールから石英への変化について,溶解・再沈殿の立場から整理し,溶液中のシリカ濃度の変化との関係を示すダイヤグラムを提示する。層状チャートの成層構造が,チャート形成に必要な溶液中の高いシリカ濃度の維持に重要な役割を果たしている可能性についても言及する。

 現在,地質学や岩石学の分野では機器による分析が中心となっているが,本書では,機器分析では解明できない産状や形態・形状を,野外では肉眼により,室内では顕微鏡を用いて観察することにより,チャートの本質を論じようと試みる。すなわち,チャートの研究には記載岩石学的手法が有効であることを強調する。読者もこの視点から本書を読んでいただければ幸いである。
 国内ではチャートを中心として取り上げた専門導入書は見あたらない。そこで,本書は大学の卒業研究などでチャートに関連する研究や調査を行った人や大学院で今からチャートについて本格的に研究を開始しようという人たちの導入書としての役割を果たすことを目的として書かれている。チャートや珪質堆積物に関する層序学的研究は日本での研究が世界の先頭を走り,重要な文献も数多く存在する。一方,本書で扱うようなチャートに関する記載岩石学的研究,続成作用に関する研究は本邦では少なく,国外に多い。あるデータベースをチャート+記載岩石学+続成過程などで検索すると大半が国外での研究である。そのため,本書で引用される論文も約600編に上るが,それらの多くは外国の雑誌などに掲載されたものである。ページ数の都合で国内外のいくつかの重要な論文が割愛されている。引用されていない重要な論文は本書の引用文献からさかのぼったり,関連データベースを検索することにより見つけ出すことができるであろう。
 2008年 6月

服部 勇