自然科学書出版  近未来社
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内陸地震はなぜ起こるのか?

【書評】
 書評 @ 地質ニュース (2010年8月号)〔評者;小泉尚嗣〕
 書評 A 日本地震学会ニュースレター (第21卷,15頁)〔評者;岩崎貴哉〕
 書評 B 物理探査 (第64巻第3号197-198 頁)〔評者;三ケ田 均〕


 @
地質ニュース (2010年8月号)
小泉 尚嗣(産総研/活断層・地震研究センター)
 内陸地震(陸域の地殻内で発生する地震)は,プレート境界で発生する地震に比べ,判っていないことが多い。本書は,内陸地震についての最先端かつ有望な仮説を,仮説提唱者である著者自身が,丁寧な用語解説とともにわかりやすく書き記したものである。したがって,大竹政和東北大名誉教授が巻頭言で述べているように,「この本を丸ごと鵜呑みにするのではなく,ときにはうなずき,ときには疑問符を挟みながら」読んでほしい。その一方で,この本の持つワクワク感・躍動感も感じてほしいと思う。
 本書は下記の章により構成されている。

  第1章 水平断層仮説の誕生―長野県西部地震の発生機構―
  第2章 水平断層仮説と兵庫県南部地震
  第3章 内陸地震はなぜ起こるのか?
  第4章 内陸地震の発生と下部地殻
  第5章 内陸震源断層深部すべり過程のモデル化
  第6章 内陸地震の発生過程に関する定量的なモデル
  第7章 鳥取県西部地震
  第8章 続発する内陸地震

 第1・第2章で,1984年長野県西部地震(マグニチュード6.8,死者・行方不明者29名)と1995年兵庫県南部地震(本書ではマグニチュード7.2となっているが後に気象庁は7.3と改訂している,死者・行方不明者6,437名)の観測データと解析結果が紹介され,どのように水平断層仮説が生まれたかが説明される。第3−4章で,その仮説が,従来の内陸地震研究における課題とどのように関与するのかが述べられ,第5−6章では,著者の卓越したリーダーシップで生まれた研究プロジェクトが,仮説をより定量的なモデルにしていく様子が語られる。第7章以降では,得られたモデルを2000年以降に発生したマグニチュード7前後の地震(2000年鳥取県西部地震・2004年新潟県中越地震・2005年福岡県西方沖地震等)で検証するとともに,観測データから得られた新たな知見をもとにさらに発展させていこうとする姿勢が語られている。

 著者は意識していないだろうが,本書には,著者の持つ4つの優れた特質も語られている。1つは,卓越した観測者として,現象の本質に迫るデータを得るために単純に突進する姿である。それは,1984年長野県西部地震直後の(交通遮断された)震源地に,単身徒歩で山越えをして入り,テントに泊りながら貴重な観測データを取得した記載に現れている。2つ目は,うっかりと見過ごしがちな観測事実を重要な結果として認識する優れた観察力である。それは,長野県西部地震の断層モデルの一部におけるわずかな正断層成分や兵庫県南部地震の震源域周辺に認められる伸張歪やお椀型の震源分布等を重要な観測事実とする記載に現れている。3つ目は,そのようにして得られた一見ばらばらに見える観測事実と従来の知識・理論を統合して1つのシンプルな説得力のある仮説を作り上げる著者の能力である。4つ目は,得られた仮説を検証し発展させるために,研究プロジェクトを考案し実行してしまうリーダーシップである。

 本書は,内陸地震に関する最新の仮説の紹介であるとともに入門書ともなっている。加えて,卓越した地震学者である著者の魅力も語られている。多くの方に読んでほしい。


 A
日本地震学会ニュースレター (第21卷,15頁)
岩崎 貴哉(東京大学地震研究所教授)
 本書は,内陸地震の発生のメカニズムをわかりやすく解説したものである.その冒頭で,本書は教科書でないと述べられている.確かに随所に筆者の研究生活や観測の話などが入れられ,エッセー風でもある.ある程度の物理と数学の知識があれば,地震学と全く関係のない読者でも読み進むことができるであろう.また,地震学を志す学生にも,各所にその内容に応じた地震学の基礎が説明されており,内陸地震の実体を知る上で得るところが大きいと考える.

 一方,地震の専門家にとって,本書の内容は示唆的で大変面白く,専門書的である.かねてより,筆者は内陸地震の発生には下部地殻に局所的な弱化域の存在が重要であると主張してきた.この本を読むと,その考えがどのような経緯でつくられていったのかがよくわかる.何故なら,本書の章立てが,筆者の研究歴(即ち研究の進展)に沿った形で構成されているからである.私事であるが,評者は内陸地震の成因について,何度か筆者と議論したことがある.その中でどうしてもわからなかったことが,恥ずかしながら本書を読んでようやく理解できた.また,筆者のアイデアやモデルが地震学に限らず広い分野の研究者との交流やプロジェクトの推進(その多くで筆者は中心的役割を果たした)から生まれたこともよくわかった.以下にその内容を簡単に紹介することとする.

 本書は,その前書きにかえて1995年の兵庫県南部地震の生々しい体験談から始まる.地震学の知識がさほどない読者にとっては,衝撃的な出だしである.第1章では,筆者の唱える内陸地震発生説についての大元となっている1984年の長野県西部地震の余震観測が紹介されている.筆者は,この地震の断層モデルとともに,その地下深部で発見されたS波反射面に着目した.そして,この反射面周辺でおこる微小地震のメカニズム等からこの反射面がゆっくりとした逆断層運動を起こしたと推定され,その結果として地震断層周辺ではすべりが進行しやすい応力状態が作り出されたと考えた.これが,水平断層仮説と呼ばれるものである.S波の反射面は自然地震観測からしばしば見つけられるものであるが,この反射面と地震断層の関連に目を付け,反射面におけるゆっくりとした運動と地震の励起を結びつけたところが,筆者の卓見であろう.第2章で述べられていることであるが,兵庫県南部地震の北方,即ち有馬−高槻構造線の北側にもS波反射面が見つかっている.筆者は,この面上でのすべり運動が,兵庫県南部地震を励起したと考えている.これらの2章において,高温で延性的性質を持つ地殻下部に 存在する反射面での運動が,内陸地震発生の鍵を握っているという考えが生まれたのである.

 第3章からは,内陸地震発生域への応力集中のプロセスへと話が進展して行く.第3章では,この問題を,沈みこむプレートと内陸側のプレートの相互運動の観点から,直感的に解説している(regional stress model).プレートを単純な弾性体として運動させた場合,プレート境界から離れた内陸域への応力集中を説明することは難しい.この枠組みでマントルの粘性,プレートが有限の大きさを持つこと,或いはプレート境界の摩擦力の効果を考えた場合でも,プレート境界から離れた内陸域への応力集中を十分に説明することはできない.第4章は,筆者も述べているように本書の"key word"である下部地殻の解説に当てられている.ここでは,小林洋二氏の研究成果を紹介しつつ下部地殻の延性的性質及びその強度が説明されている.ここで強調されていることは,下部地殻はマントルより硬いということである.その根拠としてチベットの地殻構造におけるアイソスタシー,ダムの貯水による変動から求めた地殻の粘性構造を挙げ,下部地殻の粘性率が上部マントルに比べて大きいことを示している.続く第5章は,下部地殻の局所的不均質構造について説明されている.GPS観測によれば,新潟から神戸にかけての帯状域において歪速度が周辺に較べて大きいことがわかった.この原因として,著者らは沈みこむプレートから脱水された水が下部地殻に達し,そこが弱化して歪集中を起こすと考えた.つまり,下部地殻は均質ではなく,局所的な弱化域(weak zone)があるのである.この弱化の原因となる水は,weak zone全体に渡って分布しているわけではなく,むしろ複数の延性剪断帯に局在している可能性が高い.この章の最後に,新しい岩石実験に基づいた地殻の強度プロファイルを載せている.第4章で述べられているように,下部地殻の強度は以前のものに較べて遙かに大きい(強い).

 これまでの章で述べてきた知見をもとに,第6章では内陸地震の発生過程に関する定量的モデルを扱っている.下部地殻の中のweak zoneが応力集中の主要因となり得る.この章では,プレートの沈みこみと内陸側の地殻や断層をバネ・ダッシュポット・スライダーから構成されるシステムでモデル化した.内陸側にはweak zoneに対応したバネ・ダッシュポットも導入されている.応力境界条件のもとでこのシステムを駆動させたシミュレーションでは,プレート境界域と内陸域の相互作用の様子が示され,また実際のプレート境界地震と内陸地震の再来時間などがよく再現されている.

 第7章及び第8章では,最近発生した内陸地震について,上記のモデルの検証を行っている.近年の観測機器の高性能化によって稠密な余震観測が実施され,良質且つ大量のデータの取得が可能になった.第7章では2000年鳥取県西部地震及び西南日本で行われた広域地震観測を例にとり,特に地震のメカニズム解・応力テンソルインバージョンから,地震断層の強度推定と山陰・中国地方の応力場について説明されている.重要な結果は,中国地方から山陰地方に向けて,最大圧縮応力の向きが20−30度時計回りに回転していることであり,これが山陰地方で進行している深部すべりに起因するものであることがわかった.また,第8章では2004年新潟県中越地震が扱われており,精密余震分布から断層域直下に非常に強度の弱い部分が存在することがわかった.つまり,weak zoneの中に更に強度の弱い部分が存在する(階層構造を形成している)のである.

 以上,本書の内容をごく簡単に述べた.最初に述べたように全体として読みやすく,また色々なエピソードを織り交ぜて構成されており,一般読者や学生は内陸地震発生のメカニズムの概観を理解できるであろうし,地震の専門家は各章で述べられた筆者の着目点とその解釈について理解するだけでなく,自分の考え方と比較検討すればおもしろい.是非,一読されたい.


 B
物理探査 (第64巻第3号197-198 頁)
三ケ田 均(京都大学大学院工学研究科教授)
 京都大学防災研究所地震予知センターの飯尾能久教授の内陸地震に関する書籍が2009年に販売された。筆者と同じ生年であるにも拘らず,大学卒は1年早いことで,現役で京都大学を卒業されたことを知った。今を去る30年前,既に飯尾氏は日本地震学会で活躍されていたことを,思い出す。筆者が冷や汗と恥を同時にかきながら大学院生活を送っていた当時,飯尾氏は地震学会の講演プログラムでも明らかな,推しも推されぬ若手地震学者のホーブであった。お名前から,おそらく愛媛県のご出身ではないかと考えていた。当時日本で発売され,数多くの読者を引きつけた書籍に,ワトソンの「二重らせん」(ワトソン,1980)があった。米国からポスドクで渡英したワトソンが,クリックと出会い,今では誰でも知っているDNAの二重らせん構造を発見するまでの研究者の個人史が生き生きと描かれていたことを思い出す。あるいは,作家新田次郎氏のご子息である藤原正彦氏の「若き数学者のアメリカ」(藤原,1980)かもしれない。ワトソン氏および藤原氏の筆に共通するのは,色々な経験を積み上げながら新しい文化に触れていく生き様であり,「二重らせん」では更に人類史上の大発見に至 る道筋にある。飯尾氏の筆は,兵庫県南部地震当時からの地震学に関する氏の洞察力や仮説提唱の力の大いなる発展を窺わせる。

 1960年代の地震予知計画の黎明期,1976年の東海地震に関する研究発表(石橋,1976)からほぼ定まった地震予知政策という,我が国の自然災害に対する安全保障政策が大きな変貌を遂げるきっかけとなったのが1995年兵庫県南部地震であった。本書における飯尾氏の回顧も1995年1月17日朝の有感地震の発生に始まる。飯尾氏は,当日朝地震を感じるやいなや即座に飛び起き,S-P時間から震源位置を予測しようとしている。地震観測屋の性分で,地震を感じた瞬間にS-P時聞の測定,そして暫く後からやって来る表面波からラブ波・レイリー波を区別し,自分の位置から震央方位を推定してしまう傾向がある。飯尾氏にもその習性が出てしまったことを,本書から読み取ることができる。しかし,氏の場合はその後の対応が正に的確なのである。当時勤務していたつくばの防災科学技術研究所から遠く離れた京都の本宅に一時帰宅(1月17日は休み明けであった)していた氏は,勤務先に即座に連絡をとった後に,神戸に車を走らせ,その後の観測の準備に携わったのである。1986年伊豆大島の割れ目噴火の際には,カルデラ脇の御神火茶屋の公衆電話から,現名古屋大学の山岡耕春氏のかけた一本の電話が大学観 測グループ全体を安堵させたことが知られている。山岡氏は,電話での現場状況報告の後,とっさに自分の周りにいる研究者の名前を全て伝達したのである。こうしたとっさの判断がいかに大事であるかは,2011年東北太平洋沖地震の津波災害の際にも,明らかになったのではないだろうか。

 さて,飯尾氏は,1995年兵庫県南部地震発生の翌朝に,ほぼ徹夜明けの状態で,関西地方の水平ひずみ分布を思い出している。更に1984年長野県西部地震の震源近傍で見つかった地殼内部の強S波反射面,有馬−高槻構造線(ATTL)の北側に広がるS波反射面等も思い出し,「水平断層仮説」の着想に至っている。この仮説は,実は内陸地震の発生機構に繋がる重要な説であると筆者は認識している。同時に,2005年に安芸敬一氏が逝去される前に提唱されていた説「Ductile-Brittle Hypothesis(延性-脆性破壊仮説)」(Aki,2004)に通じる説であると考えられるからである。実際に本書中には,安芸氏の亡くなられる前,飯尾氏と安芸氏の議論が非常に弾んだことが記載されている。誰にでも優しい性格から飯尾氏は,本書中の至る所で専門用語の解説を加えるだけでなく,ご自身の水平断層仮説および地震学に関する基礎的な事項について概説されている。そして,その水平断層仮説から,内陸地震の発生過程を説明可能な「脆性-塑性相互作用モデル」への議論を深めている。但し,本書は,決して読んでいて眠くなるような専門書ではなく,飯尾氏のエッセイを地震学の基礎知識で飾る構成となっている。非常に興味深い書である。また先のワトソン氏や藤原氏の書と同様に,学者が地震の経験を生き生きと伝えようとする内容の書であり,地震学の知識を持たない誰でも楽しんで読み終えることができると断言する。地震考古学の寒川旭氏が非常に地質学的な根拠に基づき論理の階層を高めて行く,時には文科系を思わせる文章での記述を得意とされている(例えば,寒川(2010))ことと対照的に,飯尾氏の文章は観測事実や計算結果という横糸をご自身の論理的且つ主観的な洞察とい う縦糸で紡ぐ典型的な理科系人間の筆によるものであると考えることもできる。

 1995年兵庫県南部地震は,ともすると過去の1595年慶長伏見地震の活動がATTL沿いに発生したとする地震考古学的な発展にばかり繋がったかの印象を受けるが,実は地球物理学および地震学にとり重要な知見をもたらしているのである。1995年に開始された国の地震調査研究は我が国の測地・地震観測網を飛躍的に発展させ,日々新たな知見をもたらしてくれる上,飯尾氏の水平断層仮説のような,将来的な詳細検証を待つばかりの科学的仮説をも産み出しているのである。現在では,中央構造線(MTL)も有馬−高槻構造線(ATTL)も,北側に傾く地震反射面に繋がる不連続線が地表に現れている構造線であることも知られており,飯尾氏の仮説の検証がそう遠くない時期に達成されると信じたい。

 著者は,飯尾氏を長く存じ上げていたにも拘らず,直接ご本人にお会いしたのは,2001年当時産業技術総合研究所の伊藤久男氏(現(独)海洋研究開発機構)の開催した地震観測に関する研究集会の場であった。つくば市の会議場で,スタンフォード大学のMark Zoback教授,米国地質調査所のBill Elsworth氏やSteve Hickman氏など,米国の研究者とともにサン・アンドレアス断層深部観測所(SAFOD;San Andreas Fault Observatory at Depth)に必要な観測について議論をした。飯尾氏が,当時勤務されていたのは旧総理府系の防災科学技術研究所であり京都大学から異勤されたことは理解していたが,本書により,なぜ飯尾氏が京都大学から防災科学技術研究所に勤務されていたという理由まで知ることになった。飯尾氏は,地震学研究のため,筑波に単身赴任されていたのである。地球科学・地球工学の研究者・技術者は,飯尾氏のような地震観測屋がどのように日々考え行動するかに触れることができるであろう。そして,飯尾氏の感覚が理学・工学の分野に共通する専門家の感覚と知ることになるだろう。本書は物理探査分野の研究者に,自分の携わる探査目的を明確に知る,という点で非常に有益である。是非,読者にお勧めしたい。

<引用文献>
Aki, K.(2004):A Perspective on the Engineering Application of Seismology, Proc. 7th SEGJ  International Symposium(November 2004,Sendai), 1-8.
藤原正彦(1980):「若き数学者のアメリカ」,新潮社(新潮文庫,ISBN 978-4-101248011), 342ページ
石橋克彦(1976):東海地方に予想される大地震の再検討−駿河湾大地震について−,日本地震学会講演予稿集,30-34.
寒川 旭(2010):「秀吉を襲った大地震 地震考古学で戦国史を読む」,平凡社発行(ISBN 978-4-582-85504-3), 277pp.
ワトソン,ジェームズ(1980):「二重らせん−DNAの構造を発見した科学者の記録(江上不二夫・中村桂子訳)」,パシフィカ(ASIN: B000J88KIM), 261pp.