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地質のフィールド解析法

【書評】
 書評 @ 日本地質学会 News (14号より)〔評者;松川正樹〕
 書評 A GSJ地質ニュース Vol. 1 No. 9 (2012年9月)〔評者;七山 太〕


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日本地質学会 News (14号より)
松川 正樹(東京学芸大学教授)
 層序学,古生物学,堆積学や構造地質学など,地質学を研究する上で,野外調査は基本となる。そのためのマニュアルは幾つも出版されている。それらの多くは,これから野外調査を始める人に対してのものである。しかし,本書は,地質調査の基本的な技術は既に体得している大学生や応用地質の研究者や技術者を対象にしたものである。6つの章で取り上げられた方法は,いずれも著者が研究したものを例にしたので,地質学的な問題点に対するデータ処理と解決に立ち向かう時の考え方が具体的に示されている。

 第1章の「野外地質調査」では,古典的な地質調査法と著者の言う新しい野外地質調査解析法が説明されている。古典的な地質調査は地質図,地質断面図,地質柱状図を作成する方法で,新しい野外地質調査解析法は古典的な地質調査により得られた正確な地質図を基に,堆積相解析や地質構造解析を行うこととしている。

 第2章の「現成堆積物と過去の堆積物との比較」では,岐阜県南部を流れる現在の木曽川と長良川の河床礫の配列,堆積構造やサイズからそれらの運搬過程を読み取り,その知識を基に同地域内に分布する第四系の砂礫層の形成過程を解釈した。

 第3章の「断層の解析法」では,線構造や平面に関して,ステレオネットを用いてそれらの方位を決定し,地質学的な3次元での問題を簡単に解く方法が説明されている。そして,堆積性の共役断層のセットを用いて,その断層を生じた当時の堆積環境と古応力場について,ステレオネットを用いた解析を明快に実例した。

 第4章の「褶曲の解析法」では,露頭規模の褶曲から地域の褶曲構造を理解する方法が示されている。特に,褶曲軸の傾動の復元は懇切丁寧である。

 第5章の「地層の重なり方の解析法」では,岩相の異なる地層の重なりには規則性があり,その規則性を統計的な手法により明らかにできることが説明されている。房総半島の上総層群のタービダイトを例に規則的な積み重なりを統計的に解析し,それらのパターンの多様性は堆積環境の相違を示した。そして,堆積相の積み重なりの相違を判定する尺度を提案した。

 第6章の「新たな野外調査法への取り組み」は,「オリオリ褶曲」の提案である。これは,円筒形のペットボトルや飲料用の缶を上下方向に強く圧縮すると連続して折り畳まれる菱形のしわ構造ができることに基づく。そのため,この褶曲は一度の変形で生じ,曲面を呈する地球上の岩石や地層に対して様々なスケールで起こっているとするものである。この変形過程を用いると地球規模の凸凹や地域の褶曲形態を統一的に理解できるとするものである。

 本書で,著者が最も主張したいことは作業仮説として,褶曲変形構造の新しいアイディアの「オリオリ褶曲」の提案であろう。このアイディアが不動のものになるため,これからいくつもの事例が論文として出版されることになるだろう。その意味で,本書はそのきっかけである。著者の言う古典的な地質調査法による野外調査に対する著者の疑問は,ステレオ投影図法による断層や褶曲の解析,統計法を用いた地層の重なりの解析へと発展し,著者の提案する「オリオリ褶曲」を産みだした。それらの転換の繋がりが示されていれば,学問を作り出す過程が示され,より魅力的な本になっていたであろう。

 本書では,古典的な地質調査法による例として紹介者の研究事例が示されている。これは,著者と10年以上にもわたり手取層群の研究を進めている研究結果の一端である。その間,堆積盆地の発生について紹介者は著者に常に説明を求めていた。「オリオリ褶曲」の提案はそのきっかけを与えたと紹介者は信じている。古典的な地質調査法が“新しいアイディア”を産んだのである。


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GSJ地質ニュース Vol. 1 No. 9 (2012年9月)
七山 太(産総研/地質情報研究部門)
 私は岐阜聖徳学園大学の青野宏美教授とは面識がないし,書評を直接頼まれた訳でもないが,本書を完読し納得した上で出版社からの書評依頼をお引き受けすることにした.その理由は,著者が,今後の地質調査法や地質図の可能性に先見を持ち,現在もそれを探求している姿勢に好感を持ったからである.

 層位・古生物学,堆積学や構造地質学など野外において地質研究を実施するうえで,地質図を作成するための野外調査法はその最も基礎となるものである.これまでも地質調査の方法について書かれた教科書は世の中には多数存在しているし,それらの多くはこれから野外調査を始める人に対しての指南書的な内容となっている.しかし,本書における著者のスタンスはこれらとは大きくかけ離れていて,地質調査の基本的な知識や技術を既に修得している大学院生や研究者を対象にしたより深い解析手法の解説に誌面の多くが占められている.

 本書には多数の解析法の提示とともにフィールドサイエンスや地層研究の面白さが書かれており,さらに,著者が新たに確立した解析手法についても複数提案している.また本書で紹介されている研究内容は,いずれも著者と彼の共同研究者による彼ら自身のデータに基づいているオリジナリティーも高く評価される.

 第1章「野外地質調査」においては,著者の定義による古典的な地質調査法と新しい野外地質調査解析法が解説されている.前者は地質図,地質断面図,地質柱状図を作成する昔ながらの野外調査方法であり,ここでは北関東の足尾〜鶏足(とりあし)山地のジュラ紀付加体の地質図,およびジュラ〜白亜系の手取層群の地質図の作成を例として解説を行っている.特に,著者も述べているように日本のような露出不良な地域の地質図作成の際には,調査者の思想や経験が大きく反映することになるが,ここで最も重要なことは,踏査に基づく正確な岩相分布図の提示であることが強調されている.
 一方,新しい野外地質調査解析法の項目では,新しい研究手法によって,新しい世界観を創り出すことを目指すことがオリジナルの研究としては一番重要であり,そのためにはデータの質を向上させることが不可欠であると述べられている.

 第2章「現世堆積物と過去の堆積物との比較」では,著者の地元である岐阜県を流れる現世の木曽川と長良川の河床礫のファブリックや礫サイズからそれらの運搬堆積過程を読み取っている.その知識を応用して,約5万年前の古木曽川の河川層および木曽川河床に分布する中新統の化石林を含む河川層の形成過程を,斉一論的な立場から解析を試みている.

 第3章「断層の解析法」では,線構造や平面に関して,ステレオグラフネットを用いてそれらの方位を決定し,地質学的な3次元での問題を簡単に解く方法が解説されている.この堆積性の共役断層の解析手法は,今話題になっている海底地すべり堆積物の解析にも使えるかもしれない.

 第4章「褶曲の解析法」では,露頭規模の褶曲から地域の褶曲構造を理解する方法が記述されている.日本最古の礫岩を含む上麻生(かみあそう)礫岩層上下層準のスランプ層の構造解析から古斜面方向を復元した研究例は,その供給源を考える上でたいへん興味深い.

 第5章「地層の重なり方の解析法」は,地層の重なりには規則性があり,その規則性を統計確率的手法により明らかにできることが強調されている.その例として,モンテカルロ法やマルコフ解析を用い上総層群のタービダイト層を統計確率的に解析した研究例を示している.著者は自身の「あとがき」で,「堆積相の積み重なりが似ているのか否かを判定する物指しとなる新たな尺度を提案できた.」とも述べている.ちなみに堆積学の分野では,このような統計確率を用いた解析手法は,現在も発展し続けている.

 第6章「新たな野外調査法への取り組み」では,著者は「オリオリ褶曲」を新たに提案しており,これこそ著者が主張している“ 新しい地層の見方”の提案なのであろう.この褶曲は,円筒形のペットボトルや飲料用の缶を上下方向に強く圧縮すると連続して折り畳まれる菱形のしわ構造ができることに着眼した著者のオリジナルのアイデアである.

 さらに本書の巻頭には 11枚のカラーグラビアが付記されており,本文の内容を補完している.
私が思うに,おそらく本書で著者が最も我々に対して主張したかったことは,第6章の「オリオリ褶曲」の提案に至った思想過程なのであろう.即ち,第1章に書かれた古典的な地質調査法による野外調査に対する著者の問題提起は,第3〜5章のステレオ投影図法による断層や褶曲の解析,統計確率法を用いた地層の重なりの解析へと発展し,最終的に「オリオリ褶曲」に発想が帰結したと想像される.この様な研究における思考過程の重要性については,私も共感する.

 最後に,筆者はデジタルクリノメーターやハンディーGPSの利用を例として,「新しい野外調査法には,新しい手法や道具を利用し,効率化を進めるとともに,地道な調査をたゆまぬ努力と柔軟な思考と謙虚な気持ちで行う必要がある.」と述べているが,この様な姿勢を持ってフィールドワークを楽しめる学生が増えてくれることを著者同様に私も心から願っている.