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ノンテクトニック断層 −識別方法と事例−

【書評】
 書評 @ 日本地質学会News 18号(5)−日本地質学会〔評者;小嶋 智〕
 書評 A 深田研ニュース 第138号11〜13頁−深田地質研究所〔評者;大八木規夫〕


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日本地質学会News 18号(5)−日本地質学会
小嶋 智(岐阜大学教授)
 この書評をお読みになっておられる会員の方の中には,2000年から2009年の10年間,地質学会年会に「ノンテクトニック断層」というセッションが設けられていたことにお気づきの方も多かったのではなかろうか(2010年からは応用地質セッションと合併した。).「ノンテクトニック構造」という,これまで地質学の中の分野として存在していなかった,あるいはその存在があまり意識されていなかった分野のセッションであり,評者も何度か興味本位で覗いてみたものである.しかし,セッションでは「○○地域で見出されたノンテクトニックな断層について」といった個別事例の発表がなされていて,その全貌や本質的な意味についてはよくわからなかった.本書は,当時,ノンテクトニックセッションの世話人をされていた方々が,研究の集大成として上梓されたものである.評者も,この本を読むことにより,ノンテクトニック構造の全貌をようやく理解することができた.トピックセッションのタイトルとは異なり,本書のタイトルは「ノンテクトニック断層:識別方法と事例」となっている.ノンテクトニック構造の主要な部分を占めるノンテクトニック断層の,テクトニック 断層との識別方法を述べ,その豊富な事例について解説した書籍となっている.会員の中には活断層調査に携わっておられる方も多いことであろうが,ノンテクトニック断層とテクトニック断層の一つである活断層の識別方法についても説明されている.本書は,ノンテクトニック断層の教科書として,今後永く引用され続ける1冊となることは間違いない.
 本書の構成は次のようになっている.

 第1章 ノンテクトニック断層とその研究
 第2章 形成要因からみたノンテクトニック断層とその識別
 第3章 事例:重力性断層
 第4章 事例:地震動による断層
 第5章 事例:火山活動による断層
 第6章 事例:その他の要因による断層
 第7章 課題と展望

 第1章では,まずノンテクトニック断層の定義が述べられる.断層は,一般に,岩石の破壊によって生ずる不連続面のうち,面に平行な変位のあるものと定義されているが,その成因は限定されていないので,テクトニックな運動以外の要因で形成された断層がノンテクトニック断層と定義されることになる.しかし,私見ではあるが,「テクトニックな運動」の定義もさほど明確ではない.例えば,本書では地震に伴って地表に現れた変位をノンテクトニック断層としている.しかし,活断層の地表への現れ方は様々であり,どこまでが活断層の派生断層でどこからがノンテクトニック断層かの区別は難しいことが想像される.また,マグマの貫入に伴う断層もノンテクトニック断層とされている.しかし,「火山テクトニクス」という用語を聞くこともあるので,こういった断層をノンテクトニック断層とすることには異論があるかもしれない.次にノンテクトニック断層の形成場所とその要因について述べられる.テクトニックな断層が地下深部で発生するのに対し,ノンテクトニック断層は地下浅部で形成される.またノンテクトニックな断層の形成は地形と大きな関わりがある.これらの要因に立脚 し,識別のための着目点として,空間的広がりと連続性,破砕帯の特徴,活動の反復性が挙げられている.

 第2章では,ノンテクトニック断層を重力性断層,地震動による断層,火山活動による断層,その他の要因による断層に区分し,それぞれの断層の特徴と識別方法(あるいは識別における留意点)が述べられる.この章は,第3章以降に紹介される事例が,何故ノンテクトニック断層と言えるのかという根拠を論理的に整理した章である.本書の最も重要な部分と言っても過言ではない.会員の方々が地質調査中に遭遇されるであろう断層が,テクトニックなものかノンテクトニックなものかを識別する際の,ガイドラインが示されている.
 
 第3章以降は事例紹介である.重力性断層が22事例,地震動による断層が18事例,火山活動による断層が8事例,その他の要因による断層が3事例の合計51事例が,地形図,地質図,断面図,写真などのカラー資料を必要に応じて示しながらわかりやすく解説されている.事例の分布域は北海道から九州まで日本全国をカバーし,5名の編集者を含む合計15名の執筆者による,様々なノンテクトニック断層の研究結果が,本書の総ページ数の2/3の紙面を費やして述べられている.これらの事例は,第2章の記述とあわせて,会員の方々が現場でテクトニック断層とノンテクトニック断層を識別する手助けとなる.

 重力性断層として取り上げられているものには,斜面変動(広義の地すべり)や多重山稜(山体重力変形地形のひとつ)に関連して形成された事例が多いが,その他にも,バレーバルジング,軟質な地層の圧密などによって形成されたもの,あるいはテクトニックな断層から転化して形成されたものなどが取り上げられている.地震動による断層としては,兵庫県南部地震の調査例が最も多く,その他の地震による事例も8例取り上げられている.また,古墳発掘などに伴って見つかった事例も紹介されている.火山活動による断層は,北海道,九州の火山に関するものである.その他の要因としては,岩盤の膨張によるものなどが取り上げられている.

 第7章で課題として挙げられているのは,識別方法の難しさをどう克服するかという点である.最も大切なことは,当然ではあるが「地質をよくみる」ということである.露頭やトレンチに現れた一条の断層だけにとらわれず,周辺の地形や地質をよく調べることが重要である.著者らは「断層全史」を明らかにすると表現している.ノンテクトニック構造地質学においても「木を見て森を見ず」ではダメなのである.


 A
深田研ニュース 第138号11〜13頁−深田地質研究所
大八木 規夫(公益財団法人深田地質研究所/特別研究員)
 ノンテクトニック断層はテクトニック断層に入らないすべての断層をカバーする非常に幅広い概念である.本書はこの広大な大海に乗り出した寧猛なフィールド研究者達による,野外現地での詳細な観察によって確認された実例に基づいた画期的な成果であり,ノンテクトニック断層に関する最初のテキストブックである.多人数によって編著されているにもかかわらず,良く纏められており,出版までに十分な討議・準備がなされたことが伺える.また,図および写真はほとんどすべてカラーで印刷されており,現場状況の理解を多いに助けてくれる.さらに,各章の扉には断層岩や地すべり層岩,現場斜面などに適切な写真が置かれ,加えて,重要な用語の解説頁が組み込まれており,専門外の人々にも理解しやすいことが嬉しい.

 これまで断層といえば造構作用によるテクトニック断層を漠然と想像し,あるいは思い込みがちではないだろうか.最近の地震災害頻発を受けて一般の方々にも断層に対する関心が高まってきたことは喜ばしいことであるが,断層は,もしやして活断層,それは地震を引き起こす起震断層かもしれない,という微かな,あるいは,大きな恐怖心を抱かせかねない問題を内包している.世界でも最も活動的な島弧に立地している日本列島を構成している地質体は,おそらく世界的にも,最も超密な断裂(断層,節理)を内在しているグループに入るであろう.本書はこのような問題に一つの光明をもたらすにちがいない.

 本書は7つの章で構成されているが,全体として3つの部分に区分出来る.すなわち,まず第1章でノンテクトニック断層とは何か,第2章ではノンテクトニック断層の形成要因にはどのようなものがあるのか,その識別方法はどうなのかなど基本的な問題が議論されている.第3章から第6章では北海道から九州にいたる地域で集められた51事例を形成要因別に記載提示されている.

 そのうち第3章では重力性ノンテクトニック断層として斜面変動,多重山稜,バレーバルジング,テクトニック断層からノンテクトニック断層への転化など22事例を示している.法面開削などで現れた古期地すべり地内部の生断層群,北海道の火砕流・降下火山灰堆積物で発生した地すべり末端部に認められた見事な覆瓦構造,大阪層群に認められたテクトニック起源のフラット−ランプ−フラット構造に関連したノンテクトニック断層としての正断層群など,貴重な事例が報告されている.

 第4章では地震動によるノンテクトニック断層の事例が記載されている.内陸地震が発生すると,地震断層が発見されたという速報が先陣争いのようにメディアを賑わすが,それらの「地震断層」は起震断層の地表への連続ではなく,地震動で発生した断層である場合が少なくない.地すべりの滑落崖や側方崖の初期的な変形であったり,堆積物の圧密量の差による変形であったりすることがある.これらの事例の克明な記載と,観察における留意点が詳しく説明されている.

 第5章に火山活動による断層の事例として,霧島火山,鹿児島湾内の新島(燃島)における断層群の記載,さらに有珠山2000年噴火に関連した断層群の発生から進展に伴う変化の状況が詳述されている.日本列島には110の活火山と無数の古い火山体,および伏在カルデラが存在しており,これらに関連した断層は無数といってよいであろう.

 第6章ではその他の要因によるノンテクトニック断層として,岩盤の膨張による断層,堆積物の地震による圧密沈下や人工構造物の変形による断層の例が示されている.前者の事例はトレンチ調査で発見されたものであり,一部の薄層を変位させているため活断層と誤認されやすいが,冷静に観察すると変位は下位の地層で消滅していることが写真とスケッチによって示されている.

 最後の第7章においてテクトニック断層とノンテクトニック断層との識別や,起震断層との関係についての現状の課題,および,ノンテクトニック断層研究に関する将来の展望が議論されている.これらの議論の中で,私がもっとも注目したいことは,「断層全史」,すなわち対象とする断層を見るときに,その発生から現在に至る活動の時間的変化の全過程を読み取ることが必要である,と指摘されていることである.これこそが歴史科学の要素を持つ地質学の重要な視点であろう.
 私自身,本書から多くのことを学ぶことができた.諸賢の皆さんに一読を勧めたいゆえんである.