自然科学書出版  近未来社
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写真に見る 地質と災害 −応用地質の見方・考え方−

【書評】
 書評 @ 「砂防学会誌」書評−69巻3号85頁(砂防学会,2016)〔評者;堀田紀文〕
 書評 A 「地学雑誌」書評(2016年 125巻4号, N63, 東京地学協会)〔評者;塚本 斉〕
 書評 B 「地すべり学会誌」書評(2016 Vol.53 No.5,216p)〔評者;中筋章人〕
 書評 C 「深田研ニュース」書評(2016 144, 5p)〔評者;大八木規夫〕


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「砂防学会誌」書評−69巻3号85頁(砂防学会, 2016)より転載
堀田 紀文(筑波大学生命環境系)
 本書は,地形変動や土砂移動を通して災害に繋がる地質現象を豊富な写真とともに解説した良書である。対象とする現象は幅広く多岐にわたる。しかしながら,複雑な現象にストーリー性を与えた本書の構成は体系的な理解を可能としている。内容についての詳細な説明は著者の他の著作に譲る形として,本書内では平易な記述に終始することによって,初学者や専門外の読者にとっても通読が容易である。「平易」とは言え,厳選された写真はどれも雄弁であり,写真のコメントは現象の本質を鋭く突いているため,読み進めると熟練の技術者や研究者でもハッとさせられる場面が多くあるだろう。

 本書には400弱の写真や図が用いられており,巻末に著作権一覧が掲載されているが,それを見て改めて,写真の多くが著者自身によって撮影されているという事実に驚く。「傑作写真」を選んだというだけあって,貴重で学術的価値の高い写真が数多くあるのは確かだが,その背後にある数千枚(あるいはもっと?)の写真に思いを馳せれば,著者がどれほど多くの現場に情熱と探究心をもって臨んできたかが窺える。本書はその集大成だと言えよう。

 本書の構成,内容については著者自身による紹介が分かりやすいと思うので,以下にそれを引用する。
 「…大地の悠久な営みを理解して,その流れの中で生じる地質現象が災害を発生させるということを理解していただくことが不可欠と思い,目次を構成しました。まず第1章では,山を崩します。第2章と第3章で山を崩す原因となる地中の水と雨について述べます。そして,第4章では土石を山から川に運びます。第5章では,川が山を刻んでいく様子を,そして,第6章では氷河が山を刻んでいく様子を述べます。第7章では土砂が川から海に至ります。第8章では海の侵食,第9章では風の働きについて述べます。第9章までは,いわば外からの作用で大地が変貌していく姿の話ですが,第10章から第12章までは地球内部の話になります。第10章では,地層などの構造について述べ,第11章では火山について,第12章では地中の熱,第13章では地震についてお話しします。そして,最後の第14章では地表を構成する岩石がどのように風化していくかについてお話しします。」

 各章は数個〜20個程度のトピックからなり,1トピック1ページで構成されている。トピックタイトルに対応した写真が掲載されているので,ページをめくってタイトルと写真を見たら説明文を読まずに次に進むという形で,短時間で読了することも可能だと思われる。著者もそのような読み方を認めている。とは言え,説明文を読みたいという誘惑に抗うのは難しいことだが。各トピックは1枚の写真で説明されることもあるが,数枚の写真や,図解が加えられていることもある。単なる事例紹介にとどまらず,現象のメカニズムについても適宜解説されている。

 全体を通して砂防分野の読者にとって関係の深い内容である。崩壊発生に対する先行降雨の重要性や,地質境界での地下水挙動の重要性が繰り返し語られ,砂防分野の読者と同じ視線で崩壊現象を見ていることが実感できる。「あとがき」では地質学を専門とする著者が本書のような形で土砂災害の研究を行う契機となった経験が語られており,著者の自然観の一端が垣間見えて興味深い。

 土砂災害警戒情報についての解説などもあるが,基本的には本書で語られるのは自然現象であり,したがって内容は普遍的なものである。その一方で,同時代に生きる我々にとって特別な意味ももつ。登場する写真の多くが我々の経験してきた土砂災害を題材としているからである。私自身,本書を読む中で,個人的に馴染みの深い伊豆大島や台湾小林村,大谷崩に関する記述に引き込まれるとともに,現場で調査をしたものの釈然としないまま保留としていた岡谷の土石流や葉の木平,阿蘇の崩壊に関する写真,記述で当時の疑問を再び思い出して考え込むという場面があった。砂防学会会員の多くも同様の経験をすることになると思う。

 「写真を見れば,文章は斜め読みで大丈夫」と著者自身が言い切る著作は珍しい。身構えずに,とにかく手に取って欲しいという著者の願いを表している。本書執筆の動機の一つが2014年に広島で発生した土砂災害であり,被災者が自分たちの住んでいる場所がどういう場所であるかを理解していれば事態が変わったのではないかという著者の思いを反映している。これは我々「砂防」の人間にも共通する願いである。
 一人でも多くの人に本書を手に取って欲しい。


 A
「地学雑誌」書評(2016年 125巻4号, N63, 東京地学協会より転載)
塚本 斉
 本書は,愛知県名古屋市で自然災害科学・土木工学・地質学など「土と自然」に関わる自然科学系の専門図書の刊行を中心に出版活動を続けている近未来社の創立25周年記念出版物として刊行されたものである。

 著者の千木良雅弘先生は,京都大学防災研究所(地盤災害研究部門・山地災害環境研究分野)の教授であり,岩石の風化と変形,斜面崩壊などの侵食現象,削剥作用による地形の不安定化など地質災害に係わる分野を長年研究され,またその科学的成果を防災・減災に役立てることに長年取り組んでこられた斯界の権威である。これまでに日本応用地質学会会長や日本学術会議連携会員などを歴任され,学会活動や学術会議の提言・報告等を通して学術の社会的貢献にも大きく寄与されてこられた。

 本書では,地質災害をよく知り,また長年学生の教育にも取り組んでこられた著者が“地質学の詳しい知識なしでも地質災害をよりよく理解する手掛かりとなるため”さまざまな工夫を凝らされている。まずは目次の構成である。著者は,“大地の悠久な営みを理解して,その流れの中で生じる地質現象が災害を発生させるということを理解していただくことが不可欠と思い,目次を構成しました”と書かれている。本書は全14章からなり,各章の中には節に相当するテーマが置かれ,合計194項のテーマ毎に簡潔な解説と,解説にふさわしい写真・図版388枚が掲載されている。各テーマには平均2枚程度の写真・図・表が添えられていることになるが,書名にふさわしく圧倒的に写真が多いのが特色である。以下に各章の章題を紹介し,章毎のテーマ数を()内に記す。
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
第12章
第13章
第14章
山を崩す(23)
地中の水(15)
雨(3)
山から川へ(9)
川の侵食(11)
氷河(9)
川から海へ(7)
海(7)
風の働き(3)
地質の構造(23)
火山(23)
地中の熱 (5)
地震(17)
風化(39)

 また,著者は次のようにも述べている。“本書の特色は,すべて1ページ1主題で読み切りのようになっていることです。また,できるだけ説明が少なくて済む写真を準備しました。もともとスライドを作るようにして原稿を準備したので,文章の方は付属になっています。写真をみれば,文章は斜め読みで大丈夫ということを理想としました。見出しと写真を見て内容を思い浮かべていただけると良いのですが。” この言葉に違わず,各テーマを端的に示す写真・図版が選ばれており,視覚的な理解が容易な良書となっており,多くの方々に一読をお勧めしたい。(ただし,第1章「山を崩す」の最初のテーマ「集団移動と地崩れ」のみは文字解説のみで写真・図版がないのは少し残念であったが…)

 本書は,著者のこれらの工夫や配慮により,興味のある部分から,あるいはパラパラと斜め読みすることも可能である。しかしながら,評者としてはまず長めの6ページにわたる「まえがき」と実質2ページほどの「あとがき」から読みはじめることをお勧めしたい。著者の問題意識や,現在の地質災害に関する科学的知見の限界,あるいは土砂災害警戒区域等の指定や土砂災害警戒情報の発表など法的枠組みの課題などが述べられており,これらを踏まえた上で各テーマを読むことにより,地質災害をより深く理解できるのではないかと考えるためである


 B
「地すべり学会誌」書評(2016 Vol.53 No.5,216p)
中筋 章人(国際航業(株))
 著者の千木良先生は,これまで近未来社から1995年の「風化と崩壊」や1998年の「災害地質学入門」からはじまり2013年の「深層崩壊−どこが崩れるのか−」まで多くの崩れと災害に関する専門書を出版してきた。ところが本書は,従来の読ませるスタイルの専門書とまったく異なり,カラーの現場写真とその解説からなる見せる入門書というスタイルで出版した。またすべて1ページ1主題で読みきりになっていることから,大変見やすく読みやすい。さらに地質の難しい用語を知らない人にも災害現象とその原因が理解できるようになっているし,かつ災害や地質の専門家にとっても勉強になる解説が各所にちりばめられている。著者の地質と災害に関する熱い思いをまえがきの一節から抜き出すと次のとおりである。

 「我が国は世界で最も地質災害を受けやすい国の一つであり,先進国の中ではまぎれもなく世界一です。一方,ヨーロッパの国々や北アメリカの大部分は日本と比較にならないほど安全です。そのような国の防災教育システムをそのままもってきても,我が国にはミスマッチなのです。災害対策に膨大なお金をかける前に,まずは,相手を良く知って危険から逃げることが得策なのです。実際に災害の対策にかかわる人,意思決定をする人,このような人たちに是非とも地質的見方を知ってほしい。地質学は決して夢物語の好きな人だけのものではない。こんなことがいつも私の頭の中を巡っていました。」

 著者は,目次構成にあたり,大地の悠久な営みを理解して,その流れの中で生じる地質現象が災害を発生させるということを理解してもらうために,次のような構成としています。(太字は書籍の目次,斜体は著者が「まえがき」で追加している解説文)。
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
第12章
第13章
第14章
山を崩す
山を崩す原因となる地中の水
山を崩す原因となる
土石を山から川へ
山を刻んでいく川の侵食の様子
氷河が山を刻んでいく様子
土砂が川から海へ
の侵食
風の働き
地質の構造
火山
地中の熱
地震
岩石の風化

 本書の各ページをパラパラめくると多くのカラー写真に圧倒される。とくに中国や台湾をはじめヨーロッパアルプスなど海外の美しい写真には思わず目をうばわれる。私(筆者)も海外の調査体験の多さをいささか自負していたが,著者に比べれば半分にもみたないであろう。著者は,これらの写真についてつぎのような言葉で締めくくっている。

 「教科書や論文には人が考えたことしか書いてありません。一方,自然そのものを見れば,十人十色かもしれませんが,きっと人が気づかない新鮮なことが見えるかもしれません。これは,地質学を勉強している人でも,まったく門外の人でも同じです。まだまだわからないことは多いのです。でも実物に触れれば,いままでと違った考えが湧いて,今までの障害を乗り越えられるかもしれません。本書の中の写真にこんな楽しさを感じていただけたなら,大変うれしく思います。」


 C
「深田研ニュース」書評(2016 144, 5p)
大八木 規夫(公益財団法人 深田地質研究所/特別研究員)
 本書を手にとって,私はドキッとしました。ワインレッドの表紙を飾る写真は2008年岩手・宮城地震による地すべりの影響で落下した祭畤(まつるべ)大橋ですが,あたかもこの本の出版直後に発生した熊本地震本震(2016年5月16日)で大崩壊とともに落下した阿蘇大橋を暗示するかのようだったからです。我々が住んでいる日本列島はまったく休むひまなく活動していることを,最近,つくづく実感しているのは私だけではないでしょう。この列島に住む限り,いいえ,地球上に住む限り,私達は限りなく活動を続ける地球の鼓動と折り合いをつけて生きていかねばなりません。

 本書は我々がこの活動的な地球の活動を理解して,いかに住み続けて行くかの指針の一端を(著者はそこまでは言及されていませんが)示していると云えましょう。近年の日本をはじめ世界中の災害地の多くを積極的に調査された,著者ならではの,現地の地形や地質が分かりやすく美しい貴重な写真,鋭くも暖かい眼差しで観察された説明文,それに加えて一般の方々の理解を深めていただけるように,専門用語の解説も適切に加えられています。多くの写真は著者ご自身が撮影されたものですが,他の研究者や機関による写真・画像も加えられ,全体としてのバランスもよく工夫されています。著者はパラパラと頁をめくって写真を見ていただいて地形や地質に関心をもっていただければ,文章は副としてついでに目を通していただければ,とされています。とはいえ,文章もできるだけ易しく心がけておられ,丁寧に書かれています。

 ところで,本書は各頁の読み切りとなっていますが,全体として14章構成であり,また大まかには,前半の1〜7章で山地から海へ至る区間での崩壊・地すべりの全体像が提示され,後半8〜14章では地殻とくに地表に働く営力に力点が置かれています。すなわち,第1章:山を崩す,第2章:地中の水,第3章:雨,第4章:山から川へ,第5章:川の侵食,第6章:氷河,第7章:川から海へ,第8章:海,第9章:風の働き,第10章:地質の構造,第11章:火山,第12章:地中の熱,第13章:地震,第14章:風化,となっています。

 写真・図表は合わせて388葉からなり,しかもほとんどカラー,そのうち主役である写真はおよそ8割,要所に説明図があるので一般の方々にも理解しやすいでしょう。最後に,著者の言葉のごく一部をお伝えします。「学習や研究の面白さは,自分で見つけて,自分で考えて,自分でやってということだと思います。……本書の写真も図も,子供が初めて出会うものをじっと見つめる気持ち−なんだか懐かしい気もしますが−そんな気持ちを持って見ていただけたなら大変嬉しく思います。……」
 ぜひ,皆さまもこの本をお手に持ってご覧いただきたいと思うものです。