自然科学書出版  近未来社
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自然地下水調査法 −日本国内863箇所の地下水温−

はじめに

 社会活動が活発化し,地域開発が進むにしたがって,我々と地下水との関わりはますます複雑になってきている。都市部では大雨・集中豪雨などによる宅地造成の切り土・盛り土などの斜面崩壊,河川増水による堤防破壊,農作物の育成に大きな役割を担っているため池の堤体漏水などに悩まされ,山地では長雨・大雨・融雪期などに数多く発生する地すべり・山崩れなどの山地地盤災害に悩まされている。これらの諸災害の原因は,浅層地下水あるいは降水浸透に依存している場合が多い。

 昔は,平地であれば掘り抜き井戸,山地であれば湧水または横井戸などを利用すれば生活用水は事足りていた。時代が進むにしたがい地域開発が進み,平地では地下鉄・下水道・共同溝・超高層ビルなど大規模な地下構造物建設による浅層地下水の涸渇・堰き止め,各種工場などからの排水・産業廃棄物に伴う地下水汚染による生活用水の使用制限,山地ではトンネル掘削あるいは大規模斜面切り取りに伴う井戸の涸渇や湧水の涸渇などの地下水障害の発生等,我々の生活に直接関わる地下水問題が大きく取り上げられるようになってきている。ということで,地下水は我々の生活に対し多岐にわたって多種多様な影響を及ぼしている。

 このように地下水が関与している種々の問題に対して,これまではマクロな見方で問題を解決しても,我々の生活に大きな支障は生じなかった。しかし,今日のように高密度化された社会生活の中においては,マクロな見方だけでは十分に対処しきれず,クライアントに対して多大な不満感を抱かせる状態となっている。このように高密度化された社会の要請に対して満足感を与えられる解答を導き出すためには,地下水に対してミクロな見方を導入した問題解決法の出現が望まれている。

 これまでに多くの研究者・技術者によってなされてきた調査・研究成果を顧みると,地下水とは単に地下水層として一様かつ層状に存在するだけではなく,地下水流脈(いわゆる「水ミチ」)として水脈状に存在している場合も多いことが指摘されている。また,帯水層は垂直的に一枚の層として存在している場合もあるが,多くの場合それぞれ微妙な透水性の相違によって異なる水位・水頭を有する複数の帯水層で構成されていることも認められている。それら複数の帯水層が地盤災害・地下水障害に及ぼす影響の度合いは,それぞれの地層の水理的特性によって異なっていることも指摘されている。

 したがって,先述したような諸問題を少しでも現実に近い形で解決しようとするならば,「水ミチ」状に存在する地下水と垂直方向並びに水平方向に何枚か存在する性質の異なる帯水層(これを「層別地下水」あるいは「領域別地下水」と呼ぶ)について,それぞれ現状に合致した詳しい情報を得る必要がある。つまり「自然状態における地下水のあるがままの姿」を把握し,その上で問題となっている現象と「水ミチ」・層別地下水・領域別地下水との関わり合い方を明確にし,それに対して適切な処置を講じることが大切ではないかと考える。

 これらの問題を解決する一手法として,我々は解析・解釈に際して主観が入りにくいと共に,調査実施に際し経費的に廉価である自然界に存在している「温度」あるいは「電気」という物理的因子を用いた地下水調査法の開発に努めてきた。これらの調査法はこれまでにも多くの試行錯誤がなされ,研究上はかなりの成果を上げていることは先人の示すところである。しかし,現地調査手法としては,まだあまり人口に膾炙し得ていないように思われる。

 そこで我々は,上記二つの利点つまり解析・解釈に主観が入りにくいことと調査経費が廉価であることに着目して,これらの調査法を「自然地下水調査法」として位置づけ,現地で実施する際の手順・解析・解釈の方法について記述することにした。
 自然状態における地下水の姿と自然地下水調査法の一部を構成している「1m深地温探査法」については,拙著(2013)ですでに述べてある。

 本書では,まず「自然地下水調査法の必要性」について述べる。次いで,地下水の垂直方向における存在状態に関する情報を得ることを目的として実施される「多点温度検層」と地下水の流向・流速に関する情報を得るために実施される「単孔式加熱型流向流速計」について記述する。
 さらに,第10章に記した「日本各地の地下水温」は,これまで著者が測定した日本各地における約4,700本の地下水温についてまとめたものである。このデータは,近年自然エネルギー活用の一環として,浅層地温を利用した冷暖房の基礎資料として使用できるのではと考え,掲載したものである。
 現地の第一線で調査・設計を担当されている方々に少しでも役立てていただけるようにと考え,地盤災害・地下水障害など具体的な調査事例を数多く取り上げて記述するように努めた。この小著がこれらの問題に携わっている方々に少しでも参考となる部分があれば望外の喜びである。

 なお,ここに著したものは,1996年に執筆した「温度測定による流動地下水調査法」(古今書院)を基にして,その後の研究成果を踏まえて,多点温度検層および単孔式加熱型流向流速計の部分を全面的に改訂したものであることをここに記しておく。
 本書の中の多点温度検層実験に関しては,京都大学大学院理学研究科・渡邊知恵子氏の修士論文作成の際になされたものであり,地下水流動層・流速流動方向の季節変化に関する現地試験に関しては,群馬大学理工学部・吉原宏貴氏の卒業論文作成の際になされたものである。ここに記し両氏に謝意を表する。

 また,第9章に記した「地下水調査のためのボーリング孔の仕上げ方」については,地温調査研究会「地下水調査のためのボーリング孔仕上げ方委員会」で検討された結果である。地下水調査のためのボーリングを掘削される場合は,これを参考に施工していただければと思う。
 本書の図面作成に当たっては,田口知子氏に全面的にご協力いただきました。また,本書の内容の照査に当たっては,安田 匡博士(学術)のお手を煩わせました。ここに記し両氏に謝意を表します。

 また,この本がここに上程されるまでには,数多くの方々にお世話になりました。中でも,恩師である伊藤芳朗先生ならびに湯原浩三先生には,地温調査法に関する研究の発端から学位論文完成まで,いろいろなご教授・ご指導を賜りました。ここに記し深謝いたします。

 現地調査にあたっては,故内藤光男氏,上田敏雄氏,土屋彰義氏,油野英俊氏,川崎純男氏,田村和彦氏,堀永昌宏氏,宮崎基浩氏,教え子である渡邊知恵子氏と大谷沙織氏,群馬大学理工学部の松本健作博士(工学),原澤剛史氏,吉原宏貴氏の各氏にお世話になりました。さらに,各地方自治体,旧日本道路公団の方々に現地調査に当たって多大のご協力を戴きました。上記の方々に対し,ここに感謝の意を表します。

 本書を刊行するに当たりましては,近未来社の深川昌弘氏と中内由美氏のご厚意に負うところが多大であります。ここに記し感謝の意を表します。
 最後にこれまでの研究生活を支えてくれた,糟糠の妻典子に心からの謝意を表します。

 2016年秋 琵琶湖畔にて
竹内 篤雄