自然科学書出版  近未来社
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球状コンクリーションの科学

【書評】

「地学雑誌」 2019年 128巻 5号 N55
藁谷 哲也
 オーストラリア内陸の乾燥した大地の上に,たくさんの球状花崗岩塊が転がっている場所がある。岩塊は,花崗岩体に発達した方状節理からの風化と風化残留物の侵食によって形成されたコアストーンである(藁谷,2019)。そもそも球状という形には,興味をそそられる魅力があるが,この本の著者が虜になった球状コンクリーションは,堆積岩中の砕屑粒子の隙間が鉱物(方解石)で充填され,風化とは反対に緻密で硬くなった岩塊である。この岩塊は,日本はもとより世界中の地層のなかから発見される。ニュージーランドで見つかったものでは,最大直径が約3mに達するという。またコンクリーションのなかからは,とくに魚類,カニ,貝,アンモナイトなど,保存状態のきわめて良好な海棲生物の化石が見つかるというが,なぜか淡水の生物化石はないらしい。
 従来,このコンクリーションの成因は,化石に含まれる炭酸カルシウムが溶出して周辺に広がり,沈殿して固まったというものである。しかし,著者と共同研究者による10年以上にわたる研究の結果,それが間違いであることが証明された。すなわち,球状コンクリーションは化石となる生物の有機炭素と海水中のカルシウムイオンが急速に結びつき,生物遺体を囲むように丸く炭酸カルシウムが沈殿して形成されたとする。この証明は,クワイの塊茎に類似したツノガイのコンクリーションの分析をもとに行われた。ツノガイのコンクリーション部と現生ツノガイの軟体部のδ
13C(安定炭素同位体比)値を比較したところ,両者にほとんど差のないことがわかった。つまり,ツノガイのコンクリーションは,化石に含まれる炭酸カルシウムが溶出,沈殿したものでなく,ツノガイの軟体部を起源とすることが証明されたのである。一方,コンクリーション内部のツノガイの殻はアラゴナイトからなっていることから,炭酸カルシウムが方解石に変化するような時間的余裕を与えないほど急速なコンクリーションが行われたことがわかる。直径2cmのツノガイのコンクリーションでは,はやければ数週間程度で形成されたのではないかと推測している。
 コンクリーション内部の化石の保存状態がきわめて良好なのは,このようにコンクリーション化が速く,炭酸カルシウムのシーリングによって地下水の浸透が遮断され,変質がしにくいためであるという。化石は変形もほとんどないため,コンクリーションはまさに天然のタイムカプセルである。そのひとつ,アンモナイトのコンクリーションは,扁平な形が多いという。それは,アンモナイトが死後海底に横たわり,堆積物に埋もれつつ徐々に炭酸カルシウムで覆われるため,と著者は推察する。しかし,アンモナイトを内包するコンクリーションが形成されるには,それが進む前に海底に横たわったアンモナイトの上面を砕屑物が覆う必要がある。海底における砕屑物の堆積速度は遅いし,水流の影響があればコンクリーションの形成は進まないのではないだろうか。
 火星では,直径数ミリ程度の鉄コンクリーションが発見されている。これも炭酸カルシウムコンクリーションが形成されたのち,鉄イオンを含む酸性地下水の浸透によって水酸化鉄が表面で沈積したものと推察する。この成因は今後の火星探査に期待するが,コンクリーションの分析は,さまざまな可能性を秘めている。コンクリーションに含まれるストロンチウムの同位体比による年代測定,コンクリート内の割れ目の修復や放射性廃棄物の地下処分などへの展開は一例である。本書には,230枚もの豊富なカラー写真があり,それを見ているだけでも飽きないが,著者らがどのようにこの地質現象を解明してきたのかという研究プロセスをたどれる点でも楽しめる。球状コンクリーションの魅力がつまった本書を薦めたい。

文 献
藁谷哲也(2019):デビルズマーブルズのコアストーン.地形,40(3),表紙.