自然科学書出版  近未来社
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球状コンクリーションの科学

はじめに

 本書は,“岩石化”に関する本である。なぜ,堆積“物”が堆積“岩”になるのか。なぜ,海底に堆積した未固結の砂や泥が,硬い砂岩や泥岩という“岩石”になるのか。このプロセスを,地球科学では“続成作用(Diagenesis)”という。しかし,そのプロセスの詳細はよくは分かっていない。実は,堆積岩だけではない。堆積岩の中に含まれる“化石”についても同様である。“化石”とは,もともとは“石”ではないものが炭酸カルシウムやシリカ,鉄などの他の元素に置き換わって“石化”したものである。どれほどの反応速度で,どのように元素が置き換わるのか。なぜ,選択的に“化石”の部分に元素が濃集するのか。非常に単純な問いであるが,答えるのは容易ではない。

 球状コンクリーションもその現象の1つである。なぜ,炭酸カルシウムが濃集し,丸く,非常に硬い,風化に強い岩塊ができるのか。なんとかこの形成プロセスを解き明かし,なぜ“岩(塊)”となるのかを理解することはできないだろうか。そして,できればその“岩石化”のプロセスを活用し,工学的に応用することはできないだろうか。なぜなら,地球上で最も多量に存在し,かつ,長期にわたって風化に耐えうる“素材”は岩石だからである。

 私たちの生活環境には大量の岩石素材が使われている。例えばコンクリートにしても同様である。もともとは堆積岩であった石灰岩を材料に,骨材と言われる岩石片を混ぜ固めたものである。しかし,この“人工岩石”の寿命は現状では僅か50年程度であり,現在の技術でも100年を超えさせることは難しい。例えば,ここに,自然界の元素濃集プロセスを織り込むことで,より長期に耐久性のある素材へと進化させられないだろうか。

 本書で取り上げる“コンクリーション”は,自然界における続成作用のプロセスと,そこに刻み込まれた時間軸を具体的に解き明かしてくれる重要な“証”である。そして,これまでの研究から,その形成速度が従来の推定よりも1/1000〜1/10000と非常に速く,かつ工学的にも応用可能な素材であることが明らかとなってきた。また,その形成プロセスを解き明かすにあたって,思いもよらない多くの発見に出会うことができた。本書では,その臨場感を,読者の方々に少しでも味わっていただくことができればと,球状コンクリーションの不思議さや面白さ,最新の情報も含め解説的に示したつもりである。

 “球状コンクリーション”は,自然が作りだす美しくも、不思議かつ巧妙なプロセスを垣間見ることのできる1つの“窓”だと考えている。その“窓”を探し当てることも,また“窓”からさらに奥深くを覗き見ることも自然科学の醍醐味だと感じている。この醍醐味を少しでも多くの読者に感じていただき,そして,そこで学んだものを私たちの生活空間に活用し,世の中の知識や技術の発展に少しでも貢献できるのであれば,研究者冥利に尽きると言うものである。

 2019年1月
著  者