自然科学書出版  近未来社
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ダイナミック地層学

【書評】※学会誌等の公開順
 書評 @ 「地学雑誌」 2019年 128巻 6号 N79〔評者;田村 亨・荒谷 忠〕
 書評 A GSJ 地質ニュース Vol.8 No. 12(2019 年12 月)
      (地質調査総合センター ; Webサイト)より〔評者;七山 太〕
 書評 B 「地理学評論」 2020年 93(1),48-49〔評者;小野有五〕
 書評 C 「日本地質学会News」 2020年 23(3),11.〔評者;伊藤 慎〕
 書評 D 「第四紀研究(日本第四紀学会)」 2020年 59(2),63-64.〔評者;齋藤文紀〕
 書評 E 「堆積学研究」 2020年 第78巻 第2号 123-125〔評者;成瀬 元〕
 書評 F 「ひょうご考古」 17号, 2020年 152-163,兵庫考古学談話会 〔評者;森岡秀人〕

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「地学雑誌」 2019年 128巻 6号 N79
田村 亨 ・ 荒谷 忠
 地層学は,地質学の一分野であり,この世にあるさまざまな地層を記載し,その形成過程を研究する学問である。本書は,大阪平野・神戸六甲山麓・京都盆地の沖積層を地層学の立場から論じ,その発達をダイナミックに理解する視点を提示し,豊富な具体例を紹介している。
 編著者である増田富士雄・京都大学名誉教授は,日本の堆積相解析,シーケンス層序学の普及・発展に多大な貢献をされ,その後も水槽実験や数値シミュレーションなど,つねに新たなテーマに挑戦し続けた。こうして地層のダイナミックな形成プロセスを多角的に理解することに尽力した,いわば地層の「数寄者」である編著者が,関西の沖積層を本書の主題に選んだ意図は何であろうか?「日本でできる研究は,わざわざ外国で行うべきではない」とは,編著者の教えの1つである。これは地球上のさまざまな現象を広く扱う地球科学はもとより,研究の国際化が進む昨今では,少々窮屈な考え方にも聞こえる。しかしその背後には,「個別の問題を解くよりも,現象のとらえ方や考え方の更新を目指し,新たな方法論を確立せよ。そのために遠方のフィールドに行くための労力を割く必要はない」というメッセージがある。そうした研究観を踏まえると,地域への深い興味や愛着に根差した事例研究の集積という体裁でありながら,地域を天然の実験室とみたて,そこで観察を繰り返すことで培った自らの地層観を開陳し,ひろく読者に問いかけようとする意図がうかがえる。
 本書は,露頭を前に,あるいは研究室で学生相手に楽しそうに地層を解説する編著者の語り口を生々しく伝える内容となっている。前半で沖積層を地層学・堆積学的に解析する手法が説明され,中盤から後半で具体的な研究成果が紹介されている。地層学・堆積学の発展は喜ばしいことであるが,堆積相解析やシーケンス層序学が高度化・専門化するあまり,専門書の多くは初学者にとって敷居が高いものとなっている。一方,国内の地層研究が成熟したことで野外調査研究が少なくなったこと,大学専門課程でも野外教育が困難になったことが重なり,地域地質を研究して地層の面白さを実感する機会は減少していると思われる。本書は,まるでそんな時代に抗うかのように,身近な地層の面白さを平易に説いている。本書のあとがきに「この本の各章を読んだ後に,『この研究,面白いでしょう!』っていうのが伝わったら幸いです」とあり,やはり数寄が身上なのだと感じる。
 今井半次郎の不朽の名著『地層学』は,地層学という学問分野を教科書的に体系化する内容であったが,本書はそれとは好対照である。絵解きのごとくカラーの図版を多用し,高尚な理論や特殊な調査解析手法をことさらに振り回すことなく,ときに思い切りよく単純化した概念モデルを天下り的に提唱する。豊富な知識と経験,深い洞察にうらづけられた,即興的,発見的な地層観とでも評すべきであろうか。
 専門家はもちろんのこと,初学者も地層研究の楽しさを知ることができるだろう。広く地質学,地形学,環境学,さらには考古学に興味をもつ日本全国の読者におすすめの一冊である。

文 献
今井半次郎(1931):地層学,古今書院

 A
「GSJ地質ニュース」2019年12月 Vol.8 12 336-337p(地質調査総合センター;Webサイト)より
七山 太(産総研 地質調査総合センター 地質情報研究部門)
 増田富士雄先生は,1970〜1980年代に筑波大学地球科学系において教鞭をとられていたこともあり,地質調査所(現在の産総研地質調査総合センター)とは関わりが深い方である。当時は"筑波地層の会"という組織を,燃料資源部の徳橋秀一さんや筑波大学水理実験センターの池田宏先生とともに立ち上げて,現在のつくば市周辺の多くの研究者や学生を巻き込んで,様々な勉強会や地質・地形巡検を企画し,当時から地層研究を牽引されておられた。
 その後,1991年に大阪大学に転職されてから,本稿に記述されているような関西地域の沖積層研究に着手され,その後,1996年から京都大学に,2006年から同志社大学に活躍の場を移し,2017年に定年退職されてからも関西に居住されている。この間に増田先生に指導を受けた大学院生やPDは数多く,研究者を育てることが上手な指導者であったことでも知られている。現在の筑波大学や産総研には,大阪大学や京都大学時代の教え子が複数名在籍し,何方の活躍も目を見張るものがある。実は私自身も北大の院生時代に増田先生の"ダイナミック地層学"と題する集中講義を拝聴した機会があったが,授業内容はとても斬新で,解りやすい平易な言葉で気さくに語りかけるように話されていた印象が残っている。私は直接増田先生のご指導を賜ったことはないが,20年ほど前に,房総半島において,学生指導の為のフィールドワークにご同行させて頂いたことがあった。この際気づいたことは,まず学生の良いところを褒めることから始められていたことである。厳しい指導を行う前に十分相手を褒めること,ここに増田先生の学生指導の秘訣を感じ取った。
 一方研究面においても,その着眼点は常に斬新で,周囲と横並びの発想ではなく,私の視点から見ると常に10年先を見通せているようにさえ思えた。ただそうでありながらも,増田先生自身は有名になるとか,偉くなるといった野心を前面に押し出される方ではなく,むしろ,ご自身のやりたいようにやること,ならびに趣味やプライベートの時間を大事にされることに重きを置かれている方であったという印象がある。
 さて,増田先生が専門とされる地層学(=堆積学)は,地質学の一分野である。地層学は層序学の基本である地層の時代を決め,さらにその上下関係を明らかにすることが主な研究目的であった。ところが,1970年〜80年代に,堆積物の特徴や地層の重なりから堆積時の古環境やその営力を推定する堆積相解析という研究手法が確立された。この手法はその後,現行堆積過程の観測や水理実験等の基礎研究の進展によって,過去の地層から情報を読み解く術をさらに高度化させた。さらに1980年代末から1990年代になって石油探査の手法として欧米で提唱されたシークェンス層序学は,地層の成因をグローバルな海面変動とローカルな地殻変動の相関で捉えることで新しい地層観を生みだし,これによってより合理的に解釈できるようになった。これが増田先生の提唱されているダイナミック地層学の基本概念と私は理解している。
 このような一連の流れにおいて,最終氷期から完新世という若い時代に形成され,現在の地形を構成している地層である沖積層に関する研究は,加速器を用いた放射性炭素年代測定の高速化・簡便化が確立されたことも相まって,爆発的な発展を遂げている。その具体例を紹介しているのが,本書の内容と言えよう。特に,関西地域の都市部近郊には地層観察を行える露頭が限られるという厳しい条件があるが,逆の視点で,地形と史実を絡めて,ボーリング情報からより詳しい地層研究に着眼された視点は,たいへんユニークと思う。
 本書は研究テーマごとに独立した20章からなり,それぞれの章ごとに共著者が異なり,ほぼ論文に模した書式になっている。但し,引用文献は文末にまとめて示されている。本書の目次は以下の通りである。

まえがき/(第1章)大阪平野とその周辺地域の地形と地質/(第2章)地質データと解析法/(第3章)高槻市三島江で掘削された沖積層ボーリングコアの解析/(第4章)神戸市垂水の沖積層上部に対する堆積相解析の例/(第5章)大阪平野の海水準変動/(第6章)学術ボーリングの岩相変化と大阪湾の海況変動/(第7章)沖積層基底にみられる海退期の段丘地形と最終氷期の河川/(第8章)海進期の波食地形と堆積物/(第9章)最高海面期の海岸線/(第10章)海面安定期から海退期の地層形成/(第11章)"弥生の小海退":最高海面期以後の海面変動/(第12章)大阪平野の沖積層の古地理図/(第13章)神戸三宮で発見された江戸時代の津波堆積物/(第14章)大阪湾岸の地形改変とボーリングデータ/(第15章)構造運動と沖積層/(第16章)京都盆地の扇状地堆積物/(第17章)京都白川扇状地の弥生時代の砂質土石流堆積物/(第18章)京都盆地南部巨椋池の湖沼堆積物/(第19章)木津川の氾濫流路と破堤ローブの堆積物/(第20章)木津川無流域の人工地形改変:天井川と天地返し/あとがき/文献

 本書で特筆されるのは綺麗に製図された図面である。使用されている図面の50%はカラー表示であり,視覚的に理解しやすくなるよう工夫されており,随所に増田先生のこだわりを感じさせる。
 私は中高生時代に京都市に居住していたことがあり,第17章〜第20章の京都盆地の成因に関わる記述を大変興味深く読ませて頂いた。当時,左京区の南禅寺脇にある高校への通学時には白川扇状地の上を歩いていたし,巨椋池(おぐらいけ)の干拓地付近もしばしば近鉄電車で通過していた。また本書には,私が産総研活断層研究センター(当時)在籍時に関西地域で行った沖積ボーリングの研究成果も多数引用していただいており,たいへん懐かしくも思えた。花折断層関連の今出川トレンチ調査の際には,京都大学吉田キャンパスの近傍で実施したこともあり,現場にお立ち寄り頂いたことを記憶している。
 最後に,本書では関西地域の沖積ボーリングデータに基づく地層研究の成果を具体的かつ解りやすく示しており,地層の成因もしくは沖積ボーリングに関心のある院生,研究者や地質コンサルタント業務に携わっている方にお勧めできる良書と考え,GSJ地質ニュース誌上にご紹介させて頂いた。編著者である増田先生には,心から敬意を表したい。

 B
「地理学評論」 2020,93(1),48-49
小野 有五(北海道大学名誉教授)
 沖積平野の発達史の解明は,日本の自然地理学が最も貢献した分野の一つであり,井関弘太郎や梅津正倫による木曽川デルタの発達史をはじめとして,貝塚爽平,小杉正人,遠藤邦彦などにより精力的な研究が行われてきた。遠藤(2015)は多くのボーリングコアの解析を通じて,関東平野における沖積層の研究を集大成している。しかし,それにもかかわらず,自然地理学者がこれまで提示してきた沖積層の詳細な断面図や,過去の海岸線を復元した古地理図に,なにか物足りないものを感じていたのは評者だけではあるまい。確かに,年代軸を入れた相対的な海水準変動曲線を示せば,特に約1.5万年前以降の海面の上昇速度のすさまじさを感じとらせることはできる。しかし,これまでの地理学的研究が人々に示し得ずにいたのは,海面のそのような上昇期に,海岸線にはどのような波が打ち寄せていたのか,海岸では何が堆積し,何が削られていたのかということ,いいかえれば,当時の波打ち際の風景であり,打ち寄せては引いていく波の流れ,潮騒の響きであった.シークェンス層序学を基に,さまざまな手法を駆使して,地質学者である著者がそれらをみごとに復元してくれたのが本書である。
 ちょうど30年前,著者は,関東平野に広がる下総層群中の幅わずか22m,高さ1.1mの範囲に見られる19の斜交層理が,19回の引き潮と満ち潮でできたこと,すなわちそれは,最終間氷期に南関東を覆っていた海の9.5日分の干満の記録を残してくれていることを明らかにして,私たちを驚嘆させた(増田,1989)。それ以来,大阪平野という日本屈指のデルタ平野を相手に,積み上げてきた研究の成果が,本書に結実したと言えよう。「編著」とあるのは,全20章のうち3章が共同研究者との成果になっているために過ぎず,それらの調査も著者の主導で行われたことを思えば,ほとんど著者の単著であり,引用された著者の単著論文は32編,共著論文は37篇に及ぶ。
 大阪平野の地形と地質を概観した第1章は,2,000m以上の厚い新生界で埋積される大阪平野の基礎地形が,周囲の山地の凹凸を反映したプレート収束帯の島弧間盆地であることを適格に述べ,短いながらも示唆に富んでいる。第2章は,本書の基礎となった48,000本もの大阪平野のボーリングデータと,細かく年代測定された28本の学術ボーリング,および,これらをいかに解析するかという手法の解説である。厖大なボーリングデータでは,隣接する地下地質柱状図において,泥,シルト,砂,礫など異なる岩相に分けられた地層をどのようにつないでいくかが,まず問題となる。著者らが提唱したShazam(シャザァーム)層序学とは,その境界を,Shazam(「えいやっ」)と引くことをその基本とする。断面図上での堆積相境界線はつねに不確実だから,「えいやっ」と引くしかないのだ,という説明は面白い。しかし,こうして引かれた境界線(Shazam線)は,沖積層の堆積シークェンスの基底面である「シークェンス境界」(基底礫層のつくる不整合面)や,海進の進行とともに波浪や潮汐によって海底面が削剥される「海進ラヴィーメント面」として,あるいは海退とともに前進するデルタなどの前進堆積体の基底面がつくる「ダウンラップ面」として認識され,それらによって,堆積システムの変化が明らかにされていくのである。武庫川と淀川を切る地質断面を例に,これらのShazam線の引き方をていねいに説明したこの章は,本書の導入部としてきわめてわかりやすく,また説得的である。
 第3章では,淀川デルタの最奥部にあたる高槻市周辺で著者らが掘削したボーリング資料を題材として,それぞれの岩相の詳しい解析が示される。本書の表紙にもなっているコアとそのCT画像の並列写真が示され,エスチュアリー,内湾,デルタ,氾濫原など,さまざまな堆積環境を特徴づける基本的な堆積構造が説明されており,初めてこの分野にふれる読者にも,わかりやすい。それを神戸市のマンション工事現場に現れた露頭断面を例に解説した第4章は圧巻である。ここでは,掘り下げられた地面に縄文海進最盛期の干潟とそれをよぎる澪すじが出現し,それを横切るように海に向かって歩いていった縄文人の足跡が発見された。著者らは,干潟をつくる細粒砂とシルトの互層に見られる18の斜交葉理が9日間の上げ潮と引き潮でできたことを明らかにし,そのときの潮の流速まで推測している。さらに,これを覆って堆積する鬼界アカホヤ火山灰には水中で波の影響を受けたリップル構造が見られ,上げ潮,引き潮を示す堆積構造が見いだされたことから,この火山灰は,上げ潮時に水深25〜30cmの干潟で6時間以内に降下・堆積したことを著者は明らかにしたのである。縄文人が歩いていた7,300年前の大阪湾の干潟の光景が,生き生きと見えてくる瞬間をともに味わいたい。まさに著者が,それまでの静的な地層学に変わって,「ダイナミック地層学」を提唱した所以である。
 第5章から第7章にかけては,大阪平野の海水準変動,ボーリングコアの岩相変化から推定される海況変動,コア中の礫層分布から知られる最終氷期の埋没段丘が論じられ,ここでも,埋没段丘の表面が,海進時には波蝕を受けラヴィーメント面となっているなど,重要な知見が示されている。どの章も興味深いが,評者にとっては,海進期の波食地形と堆積物を扱った第8章,最高海面期の海岸線を復元した第9章,海面安定期から海退期の地層形成をデルタシステムとして論じた第10章,弥生の小海退を検証した第11章,これらをまとめて4つの時期の古地理図を描いた第12章に至る部分が最も読みごたえがあった。特に,海進にともなう波浪ラヴィーンメント面の拡大によって,千里丘陵では海食崖が2千年間に2.5kmも後退したこと,さらにその南側にのびる上町台地の海食崖の侵食で生産された砂礫が,当時の大阪湾をふさぐような湾口砂嘴(天満砂嘴)を形成したことを明らかにした第8章は出色である。砂嘴地形が,海面安定期,海退期ではなく海面上昇期に形成されることは,すでに松原(2000)によっても認められていたが,ボーリングコアから,海進にともなう砂嘴の発達過程を詳細に復元した点で,著者らによる天満砂嘴の研究は大きな意味をもっていると言えよう。
 神戸三宮での江戸時代の津波堆積物を扱った第13章,大阪湾の江戸時代以降の地形改変とボーリングデータとの関連を示す第14章,構造運動と沖積層の関係を論じた第15章を経て,京大構内の発掘調査で現れた砂礫堆の断面構造から鴨川扇状地を分析した第16章以下は,京都盆地がテーマとなる。白川扇状地が弥生時代の大きな土石流堆積物から成ることを明らかにした第17章,万葉集にも歌われた巨椋池の変遷を湖沼堆積物から明らかにした第18章と,それぞれに興味がつきない。最後の2つの章は木津川の堆積物の分析にあてられ,第19章では,旧河道とされてきた地形の多くが洪水破堤にともなって形成された氾濫流路であることを,堆積物の詳細な分析からみごとに実証している。今後の防災地形学への大きな貢献と言えよう。その木津川流域の人口地形改変として,天井川と天地返しを分析した第20章は,人文地理学者にもぜひ読んでほしい部分である。版をA4サイズにして,細かい堆積構造を分かりやすく示す写真や,ボーリングデータを大きく見せてくれたことも,本書のすぐれた点と言えよう。
 30年前,著者は,園芸用の草掻きを手に露頭を平滑に整え,ハケで砂粒を払い,地層に残された細かい構造を浮き上がらせるという斬新な調査手法を編み出した。評者らもすぐにそれをまねたものである。筑波大学では,それまで別々だった地質学教室と地理学教室が1つになったが,学問や組織の壁が取り払われたわけではなかった。その中で,池田 宏,砂村継夫ら,水路や造波水槽を用いた研究を行っていた自然地理学者と最も積極的に交わり,そこから大きな飛躍を遂げたのが著者であった。それを思うと,本書には自然地理学からの寄与も少なからずあったことを喜ばずにはいられない。しかし今,自然地理学者は,本書から多くを学ぶべきであろう。何より,著者が言うように「この研究,面白いでしょう!」と,学生たちや社会に心から言えるような研究を,私たちも心がけたいものである。

文 献
遠藤邦彦 2015. 『日本の沖積層』415p. 冨山房インターナショナル.
増田富士雄 1989. ダイナミック地層学−古東京湾の堆積相開析から−
     「その2発展編」.応用地質,30(1). 29-40.
松原彰子 2000. 日本における完新世の砂州地形発達. 地理学評論 73A:409-434.

 C
「日本地質学会News」 2020年 23(3),11.
伊藤 慎(千葉大学大学院 理学研究院教授)
 近年,地震や台風,あるいは梅雨の豪雨などにともなって甚大な自然災害が日本各地で発生している.人口が密集する大都市圏では,自然災害に対する防災や保全に向けて,沖積層を中心とした地下地質の実体解明を目指したボーリング調査がこれまでに多数行われて来た.本書は,増田富士雄氏が中心となって取得された大阪平野,神戸の六甲山麓,ならびに京都盆地の沖積層を対象とした学術ボーリングデータと,これらの地域で別途取得されてきた学術ボーリングデータ,関西圏地盤情報データベース,ならびに遺跡の発掘によって露出した地層断面などに対して,新しい視点に基づいた地層の解析方法を適用することで解き明かされた,沖積層の特徴と形成過程に関する著者らの研究成果のエッセンスがまとめられたものである.
 本書では,沖積層は,「最終氷期最盛期に形成された谷地形を埋積する地層」と定義されている.これは,沖積層の形成を今からおよそ1.8万年前の最終氷期にかけての寒冷化にともなう相対的海水準の低下で形成された谷壁などの不整合面を基底として,その上位に発達する相対的海水準の最低下期から上昇期.さらにはおよそ5000-6000年前の高海面期とそれ以降現在に至る海面低下期に形成された一連の地層を1つの単元として捉えようとした点にある.著者らが沖積層を研究対象とした大きな理由の1は,地層に含まれる貝殼片や木片を利用して多数の
I4C年代測定が可能であることから,地層を形成した堆積システムの発達過程を高い時間分解能で解析できること,すなわち本書のタイトルにあるように地層の形成過程を「ダイナミック」に解析できることにある.さらに沖積層に残された遺跡の発掘調査で露出した僅かな地層断面や遺跡の表面に現れた微地形などを詳細に観察することで,著者らが開発してきた地層の解析方法を適用して,縄文時代や弥生時代に発生した自然現象の特徴と当時の人々の行動が,月,週,日などの詳しい時間目盛りで解き明かされている点でも,本書が目指した「ダイナミック」な地層の解析に拍車がかけられている.
 本書には,関西圏地盤情報データベースに基づいて作成された沖積層の層序断面図がカラーで多数示されている.一般に,露頭やボーリングコアで地層が観察された場合,岩相.粒度,堆積構造などの特徴に基づいて多数の堆積相が識別され,堆積相の累重様式の特徴などから堆積システムが復元される.一方,関西圏地盤情報データべースでは,泥.シルト.砂.礫,亜炭の僅か6種類の岩相しか識別することができない.しかし,著者らが多数のボーリングデータを高密度で配列したことで,6種類の岩相の時空分布の特徴が色鮮やかに描き出されている.このような層序断面図だけでも私たちの地下地質に対する理解度が格段と高精度化されたと高く評価されるが,本書では,層序断面図の多くに,堆積相解析.シーケンス層序学,Shazam層序学に基づいた複数の地層境界線が追加されている.その結果,6種類の岩相のみが識別されただけであるにもかかわらず,関西圏の地盤を構成する沖積層の「ダイナミック」な解釈へと誘う多数の層序断面図が見事に描き出されている点も,本書の目玉の1つと言えよう.
 本書は219頁におよぶ大著であり,次のような20の章で構成されている.第1章「大阪平野とその周辺地域の地形と地質」,第2章「地質データと解析法」,第3章「高槻市三島江で掘削された沖積ボーリングコアの解析」,第4章「神戸市垂水の沖積層上部に対する堆積相解析の例」.第5章「大阪平野の海水準変動」,第6章「学術ボーリングコアの岩相変化と大阪湾の海況変動」,第7章「沖積層基底にみられる海退期の段丘地形と最終氷期の河川」,第8章「海進期の波食地形と堆積物」,第9章「高海面期の海岸線」,第10章「海面安定期から海退期の地層形成」,第11章「“弥生の小海退”:最高海面期以降の海面変動,第12章「大阪平野の沖積層の古地理」,第13章「神戸三宮で発見された江戸時代の津波堆積物」,第14章「大阪湾の地形改変とボーリングデータ」,第15章「構造運動と沖積層」,第16章「京都盆地の扇状地堆積物」.第17章「京都白川扇状地の弥生時代の砂質土石流堆積物」,第18章「京都盆地南部巨椋池の湖沼堆積物」,第19章「木津川の氾濫流路と破堤ローブ堆積物」,第20章「木津川流域の人口地形改変:天井川と天地返し」.
 さらに,地層の解析に不可欠な露頭やボーリングコアの観察方法やデータの解析方法などに関する基礎事項の解説が6つのコラムとして挿入され,読者の理解を助ける試みが施されている.また,各章に共通した大変良い点は,各章のはじめにそれぞれの章のトピックスが簡潔にまとめられていること,そして最後に各章のエッセンスが「まとめ」として総括されていることである.特に,その中でも大変良い試みと高く評価される点は,最後の「まとめ」で各章の結論や地層の解析に適用された方法などに関しての現時点での問題点や今後の研究課題が明確に示されていることである.これは,本書の内容を鵜呑みにするのでは無く,本書から得た知識や研究手法を読者が異なった地域や時代の地層の解析に応用しようと試みる場合,頭の片隅に常に置いておくべき注意点がまとめられた著者からのメッセージと理解される.
 本書は,関西圏の沖積層を例として,地層の解析方法を解説した良書と評価される.特に,情報量が少ない既存のデータを活用する場合,アプローチや解析方法を工夫することで,これまでに無い新しい情報が地層から活き活きと解読できることが,本書の至る所で熱く語られている.また,沖積層の成り立ちが詳しく復元されたことは,私達の身近な自然環境にどのような未来が待ち受けているのか.過去から未来を予測し,今後の白然環境の保全や防災への方策に対して.本書は沢山のヒントを導き出している.まえがきで,著者は,「この研究,面白いでしょう!」と他人に言いたいのが本書の目的であると述べている.多くの読者にこの目的が伝わることを評者は期待したい.

 D
「第四紀研究(日本第四紀学会)」 2020年 59(2),63-64.
齋藤 文紀(島根大学学術研究院 環境システム科学系 教授)
 「現在は過去への鍵である」という斉一説の有名な言葉がある.研究対象を何にするかで,「現在」という時間スケールの捉え方も変わるが,「第四紀」を見れば多くの現象を理解することができる.特に堆積作用や地層がどのように形成され,保存されるかは,第四紀の堆積物が最も適しているのではないでしょうか.中でも沖積層は,多くのことを教えてくれる.その指南書とも言える書籍が出版された.増田富士雄編著「ダイナミック地層学」近未来社,2019年出版である.本書の意図や面白さは,カバー表紙裏の説明文に著者によって明確に示されている.その全文を引用しよう.
 沖積層は,最も新しくしかも現在の形成途中にある堆積シークェンスである.沖積層を研究対象としたのは,放射性炭素年代測定ができるため,地層発達をダイナミックに解析することができるからである.さらにわが国の沖積層は,海進期と高海面期あるいはわずかの海退期を経験しており,欧米の地層の多くが現在も海進期であるのと違って,海面変動との関係で地層発達を考えることができる貴重な地層なのである.ここでは島弧間の堆積盆地である大阪平野,神戸の六甲山麓,京都盆地の沖積層を解析した研究を紹介する.この地域を選んだのは,豊富なボーリングデータからなる地盤情報データベースがあり,年代値や古環境解析がなされた学術ボーリングがあり,さらに遺跡発掘現場などで地層を直接観察できるという恵まれた条件があるからである. この研究では,堆積相解析やシークェンス層序学を基礎に,「堆積物をできるだけ高精度で観察すること」,「堆積構造をできるかぎり詳細に復元すること」,「粒度組成や古流向の解析を加えること」,「地層の垂直・側方変化に注目すること」,「地盤情報データベースを学術情報に利用すること」,「14C年代測定値から堆積曲線の解析を用いること」,「表層地質の解析に発掘調査現場を利用すること」,などの視点が導入された結果,新しい成果をもたらしたといえる.この研究の過程で,地層からこれまで知ることができなかった過去の新情報を解読する面白さを多く実感できた.「この研究,面白いでしょう!」って他人に言いたいのが,この本である.〈まえがきより抜粋〉
 著者は,「ダイナミック地層学:その1 基礎編(1988),その2 発展編(1989)」を古東京湾域の堆積相解析から報告しているが.今回の著作は,著者が関西に移って以降の約30年間の集大成と言っても過言ではない.著者の最も得意とする分野である堆積環境を堆積相や堆積物からいかに復元していくか,現場力が問われる技と解析結果を考古遺跡の発掘現場を題材に具体的に示し説明している.露頭はもとより,考古の発掘現場などの地層から,詳細な観察を行えばどのようなことを解読できるか,著者の最も得意とする現場力が遺憾無く発揮されており,詳細に本書に記述されている.野外の観察がいかに大事か,本書はそのお手本と言えるだろう.また沖積層の場合,多くは地下に分布するため,ボーリングによる試料やデータの解析が重要となる.これらについても,ボーリングコアの堆積相解析,放射性炭素年代値をどのように活用し,古環境を復元するか,またボーリングデータを用いて3次元的な解析をどのように行うか,新しい解析結果と合わせて報告している.地質業の関係者から地理考古の関係者まで,本書は平野の表層と地下を扱う人達の教科書としても活用できるだろう.また大阪層群は.海成層と陸成層の互層から成っており,沖積層はその最上部の1サイクルと見ることができる.このため沖積層を理解すれば,下位の地層についても深い理解を得ることができる.本書では,これらすべてが記述されている.つまり本書は,堆積相解析の基礎から,堆積システムの理解.海水準変動との関係であるシーケンス層序学など,これら一連の研究の基礎から応用までがフルセットで示されている.また堆積学の基礎のみならず,現在の平野や山麓がどのように形成されてきたかの第四紀学的な基礎も合わせて学ぶことができるだろう.特に全ページカラーという贅沢な作りになっていることも特筆すべきだろう.堆積学,地理学,地質学や第四紀学に限らず,考古学や水文学など専門外の方々も,著者の意図した「地層からこんなことがわかるんだ,地層って面白い」が実感できる1冊であり,是非お薦めしたい.
 本書のタイトルとなった「ダイナミック地層学」は,堆積相解析を基礎として,地層の重なり様式を海水準変動との関係から捉えたシーケンス眉序学を更に現在に続く動的なものとして捉えようとする著者の意図が感じ取れる.沖積層は正にその最高の題材である.
 本書は,各章ごとにまとまっていることから,気になる章から読んでも良いだろう.少し専門的すぎる箇所もあるが,地域に関することから一般的な事まで,多くの引用文献が明示されているので,その点からも本書は有益である.特に各地域の研究については,地域で出版されている個別の報告書しか発表されていない場合や,古い文献でネットの検索で見つからないものなどが多々あるが,本書はそれらの索引としても活用できる.
 著者の記述の中で気になった点は,海進に伴って形成されるラビーンメント面である.海進期には,外浜侵食や砂干潟のバーの移動に伴う侵食など,海岸線の内側の堆積相と海岸線の海側の堆積相とを境して,波浪による侵食面であるラビーンメント面(WRS面,RS面)が形成されることが多い.明瞭な境界面であることから地層でも判別しやすい.本書では詳細な解析を行ったボーリング試料の例が示されているが,多くの断面図の中に描かれたラビーンメント面がどのようにして決められたのかがわかりにくい.明瞭な侵食面なのか,それとも古水深が急に大きくなる層準なのか.再版の際には是非加筆して頂きたい.

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「堆積学研究」 2020年 第78巻 第2号 123-125
成瀬 元(京都大学大学院 理学研究科 准教授)
 京都大学名誉教授増田富士雄氏の編著「ダイナミック地層学 大阪平野・神戸六甲山麓・京都盆地の沖積層の解析」(近未来社刊)を紹介する.本書は2019年に刊行された堆積学の専門書であり,編著者の2000年代以降の研究を集大成した著作である.
 本書は,関西地域に広がる沖積平野(大阪平野・神戸山麓扇状地・京都盆地)が現在の姿になるまでの地形発達・堆積プロセスを詳細に描き出しており,この地域の発達史に興味をもつ研究者・技術者にとっては必読の書であろう.そして,編著者の人柄と研究姿勢が色濃く反映されているという点で,ぜひこれから堆積学の研究を志す学生に読んでほしい本である.

関西の沖積層の解析
 本書には多岐にわたる関西の沖積層の解析結果が記されている.特に重点的に解析が行われているのは大阪平野の沖積層である.相対的海水準の変動ステージに対応し,海水準が低下していく最終氷期の埋没段丘地形から始まって,海進期の波食とエスチュアリー・砂嘴の発達を経て,デルタの前進による海退にまで至る詳細な発達過程が本書では物語られる.大阪湾はどこまで広がっていたのか,弥生の海退とはどのようなものであったのかなど,話題は豊富である.本書が取り扱うテーマは地質学の時間スケールにとどまっておらず,江戸時代の津波堆積物や近年の人工改変が地下地質に与えている影響なども論じられており,編著者の幅広い好奇心があらわれている.
 一方,京都盆地の沖積層の発達過程も本書の主要な対象の一つである.特に興昧深いのは,昭和初期まで京都南部に存在していた巨大な池,巨椋池(おぐらいけ)の変遷史である.巨椋池が7〜8000年前に発生し,弥生時代から中世へ向けて急激に拡大していく様子が豊富な地下地質データから克明に描かれている.また,編著者の勤務していた京都大学の地下に眠る巨大土石流堆積物や,木津川の氾濫流路に関する独自の編著者独自の見解,天井川の成立と内部構造など,京都盆地に関しても話題は豊富である.関西在住の方はもちろんのこと,他の地域の方にとっても大いに興昧をそそられるだろう.

研究手法の特色
 本書の地層解析手法の特色となっているのは,多量のボーリングコアの情報を活用している点である.解析に利用しているコアは学術ボーリングで得られたものに限られない.大阪平野・京都盆地では民間で採取されたコア試料が大量に存在する.それらのコアは関西圏地盤情報データベースとしてまとめられており,大阪平野では非学術目的で採取された約48,000本のボーリングコアのデータが収録されている.著者はこのほぼ連統的ともいえる地下地質情報に注目して,堆積学的知見を駆使しつつ過去の地形発達史を読み解いている.
 本書で行われている解析のもう一つの特色が,堆積曲線である.これは,ボーリングコアに対して高密度で年代測定を行い,コア深度と年代の関係を曲線として表したものである.堆積物の圧密作用を無視すれば,沖積堆積物のコア深度は過去の地表の標高とみなすことができ,地質断面中の等時間面から過去の地形面を復元することができる.また,堆積曲線と相対的海水準の差は古水深となるため,地域の水深の変化を高解像度に読み取ることも可能である.堆積曲線は,編著者が海水準変動と地形発達の関係性を議論するうえで重要な武器となっている.
 さらに興昧深い点は,編著者が沖積層の地下構造を復元する際に,データが無い区間であっても大胆に予想して岩相境界の曲線を描いていることである.このような堆積相境界の予想曲線はShazam線と呼ばれる(Gani and Bhattacharya,2005).例えば,数kmスケールの大規模な露頭を観察すると,デルタのダウンラップ面ではフォアセットの砂層とボトムセットの泥層が指交関係となり,結果としてデルタ性砂岩と下位の泥岩との境界はギザギザした線になることが知られている(Winis et al.,1999).このような理解に基づいて,ボーリングコア中の砂層がデルタと判断された場合,仮にデータが存在しなかったとしても,本書の解析では砂層の下部境界をギザギザ線で対比しているのである.前述の高密度のボーリングコア試料データや堆積曲線とは対象的に,一見するとShazam線は用いる研究手法は客観性を欠いており,解析者の主観に依存しているかのように見える.しかし,堆積相解析とは,そもそもこういうものではなかったのだろうか.条件の良い地域で構築された堆積相モデルの助けを借りて,ごく限られた区間の露頭の情報から堆積環境を推定するのが堆積相解析である.シークェンス層序学や堆積相解析が石油探鉱などに応用されているのも,これらの手法が露頭の無い区間の岩相分布を実用的に推定できるからこそだろう.現時点の堆積学では,堆積相解析は経験と知識を備えた人間の判断を必要としている.Shazam線も同様であり,堆積相解析に準じた地下構造の解析法とみることもできるかもしれない.いずれはShazam線や堆積相解析も人間の判断が入らない形で定式化されるかもしれないが,それまでは実際的にも理念的にも有効な手段として残り続けるのではないだろうか.

ダイナミック地層学
 しかし,そもそも本書の表題となっている「ダイナミック地層学」とはなんだろうか.本書を読んでも,この用語の定義は明確には与えられていない.ダイナミックという修飾語は,ダイナミクス(動力学)という意味で用いられている訳では必ずしもないようである.それよりは,「生き生きとした」「動きのある」といった意昧でとらえた方が良いかもしれない.
 「ダイナミック地層学」という用語の初出は,おそらく編著者の1988年の論文に遡る(増田,1988,1989).増田(2007)には,「堆積相解析は,過去の堆積環境を推定するだけでなく,その形成過程をも考えて地層を取り扱うもので,ダイナミック地層学とも呼べる地層研究の新分野である.」とある.すなわち,この時点では「ダイナミック地層学」という用語は堆積相解析の別称として扱われていることがわかる.しかし,増田(1998)以降では,高解像度の年代測定結果を踏まえて地層の解析を行うことを「ダイナミックな地層学」と呼んでおり,本書でも,「
14C年代測定値を加えることで沖積層の解析を行う『ダイナミック地層学』」という記述がみられる.すなわち,この30年間の深化を経て,「ダイナミック地層学」は旧来の研究手法(堆積相解析+シークェンス層序学)を超えた「時間軸の情報を重視する地層学」と再定義されているように見える.そもそも,一つ一つの用語を教条主義的にとらえることこそ,編著者の意図から最も遠いことであろう.評者にとっては,「ダイナミック地層学」とは「各時代の最先端の学問的見解をさらに超えた生き生きとした地層のとらえ方」といった意味に思えてならない.

この本に書かれていること
 本書について語るには,この本が「何を書いたものであるか」を述べるよりも,この本が「何を書いたものではないか」を述べるほうが容易である.本書は堆積相解析やシークェンス層序学そのものの教科書ではない.もちろん,それらの研究手法に関する簡明な説明はあるものの,明らかに本書の主眼は教科書的な解説に置かれてはいない.また,関西の地下地質の百科事典的な存在を目指した書でもない.確かに広範なトピックが扱われているものの,本書の解析対象はあくまでも編著者が研究テーマとして扱ったものに限られている.幅広いレビューに基づく網羅的な沖積層の解説書ではない.さらに言えば,本書は学術論文でもない.査読を伴う論文の制約から離れ,本書はしばしば想像力を羽ばたかせた自由な解釈を地層に対して試みている.本書で提示されている地層の解釈の多くは,将来検証すべき研究テーマの提示とみるべきだろう.
 それでは,この本に書かれているのは何だろうか.評者の観点から見ると,本書は編著者自身の研究活動そのものであるように思える.各章の文体は,理路整然とした論文調というよりはむしろ編著者の肉声が聞こえてくるようである.本書の随所に現れる発想の飛躍とその着地の様子は著者独自のものであって,余人に真似のできるものではない.まさに,前書きとあとがきの両方で述べられているとおり,「この研究,面白いでしょう」と著者が語り掛ける本である.本書で取り上げられている手法や研究成果はもちろん興昧深いものだが,日本に堆積学を普及させた人物の研究に対するモチベーションと姿勢がにじみ出ていることこそが,本書の最も大きな価値であるかもしれない.堆積学や地形学に興昧を持つ多くの方にお勧めするー冊である.

文 献
Gani,M.R.and Bhattacharya, J.P.,2005,Lithostratigraphy versus chronostratigraphy in facies correlations of Quatemary deltas: Application of bedding correlation. ln Giosan, L.and Bhattacharya, J.P.,eds.,River Deltas−Concepts,Models,and Examples,SEPM Special Publication No.83,31-48.,SEPM(Society for Sedimentaly Geology). 
増田富士雄,1988,ダイナミック地層学.応用地質,29,312-321.
増田富士雄,1989,ダイナミック地層学 古東京湾域の堆積相解析からII発展編.応用地質,30, 29-40.
増田富士雄,1998,高密度で測定された
14C年代測定値による完新統のダイナミック地層学.地学雑誌,107, 713-727.
増田富士雄,2007,相対的な海面変動が支配する地層の累重と地形の形成:わが国の沖積層の解析から.地形,28, 365-379.
Willis,B.,Bhattacharya, J.,Gabe1,S.and White,C.,1999,Architecture of a tide-influenced river delta in the Frontier Formation of centra1 Wyoming,USA.Sedimentology.46, 667-688.

F
 「ひょうご考古」 17号, 2020年 152-163,兵庫考古学談話会
森岡 秀人(関西大学大学院文学研究科)
 漆黒の表紙カバーに土色で表現されたインパクトある書名『ダイナミック地層学』に惹かれて書店で既に手に取った方がおられるのではなかろうか。遺跡の発掘調査現場に立つ方々にとって、眼前にはいつも土層・地層がある。灼熱の炎天下の日も、寒風吹き荒ぶ日も土塗れになってこの地層と格闘する埋文技師、考古学者は元来地層が大好きな人種である。好きにならないことには、遺跡や古墳の発掘はできないといっても過言ではない。かく言う私も、発掘現場を初めて見てから既に 55 年にもなるが、初めて地層の重なりに目を手向け、この腕で手スコ・竹ベラ・鉄ベラ。鉄釘などを操って曲がりなりにも一本の長いトレンチの壁面に所謂分層線を引いたのは、奈良盆地のど真ん中の弥生時代集落遺跡の調査の時であった。それは橿原市中曾司遺跡のことを指している。昭和初期、あの森本六爾が既に論文などで取り扱った農耕集落跡である。その日から丁度半世紀の歳月が瞬く間に経った。その間数えきれない発掘現場で試掘坑や調査区の壁面に姿を現した地層の土質・色調やその区分、観察、そして解釈を試みてきたが、それらは断面実測図に緻密に表記し、努めて書き込んできた。先学・先輩に教え鍛えられ、指導されてきたことも多いけれど、自我流ながら唯一と言える地層との対話の中で考えを導き、編み出した事柄も少なくなく、土の硬軟の感触、水分を含んだシルトの香りとともに昔日のことが懐かしく思い出される。

 本書はそうした発掘経験を持つ者なら、体感の蘇り、興奮の覚醒作用を伴って一気に読み進めることのできる迫力に満ち溢れた発掘者への教本である。………………★
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