自然科学書出版  近未来社
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ダイナミック地層学
−大阪平野・神戸 六甲山麓・京都盆地の沖積層の解析−

まえがき

 地層を研究する学問「地層学」は,地質学の一分野である。地層学は地層の上下関係を明らかにし,産出化石からその時代を特定する層序学が研究の中心であった。1970年〜80年代に,堆積物の特徴や地層の重なりから堆積時の環境や営力を推定する堆積相解析が登場した。この解析はその後,現世の堆積物に対する研究の進展によって過去を解明する地層学を深化させた。さらに1980年代末から1990年代になって石油探査の一手法である音響層序学から発展したシークェンス層序学の登場は,地層の重なり様式を相対的な海水準変動との関係で捉えることで,多くの知見を生みだし,地層の発達をダイナミックに理解させるようになった。こうした学問の流れのなかで,「沖積層」を解析した具体例を紹介するのがこの本である。

 沖積層は,最も新しくしかも現在の形成途中にある堆積シークェンスである。沖積層を研究対象にしたのは,放射性炭素年代測定が利用できるため,地層発達をダイナミックに解析することができるからである。さらにわが国の沖積層は,海進期と高海面期あるいはわずかの海退期を経験しており,欧米の地層の多くが現在も海進期であるのと違って,海面変動との関係で地層発達を考えることができる貴重な地層なのである。ここでは島孤間の堆積盆地である大阪平野,神戸の六甲山麓,京都盆地の沖積層を解析した研究を紹介する。この地域を選んだのは,豊富なボーリングデータからなる地盤情報データベースがあり,年代値や古環境解析がなされた学術ボーリングがあり,さらに遺跡発掘現場などで地層を直接観察できるという恵まれた条件があるからである。

 この研究では,堆積相解析やシークェンス層序学を基礎に,「堆積物をできるだけ高精度で観察すること」,「堆積構造をできるかぎり詳細に復元すること」,「粒度組成や古流向の解析を加えること」,「地層の垂直・側方変化に注目すること」,「地盤情報データベースを学術研究に利用すること」,「14C年代測定値から堆積曲線の解析を用いること」,「表層地質の解析に発掘調査現場を利用すること」などの視点が導入された結果,新しい成果をもたらしたといえる。この研究の過程で,地層からこれまで知ることができなかった過去の新情報を解読する面白さを多く実感できた。『この研究,面白いでしょう!』って他人にいいたいのが,この本である。

増田 富士雄