自然科学書出版  近未来社
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キッズ川柳を作ろう −3年1組「川柳銀行物語」−

はじめに

 「子どもたちと川柳を楽しんでいます」と話すと、ほとんどの人が「センリュウ?」と聞き返し、怪訝な表情を浮かべます。「そう、あの五・七・五の川柳」と話を続けると「ふーん?」と一応うなずいてくれますが、「何故、川柳なんてものをやるのか」という疑問が相手の表情からうかがえます。
 川柳というと、多くの方はおそらく新聞や雑誌の川柳投稿欄を思い浮かべるのではないでしょうか。大人の世界では川柳を自由に表現する場が用意されているのですが、こと学校教育の現場となると、川柳が取り上げられることはほとんどありません。作文や詩の指導が一般的で、短歌や俳句、川柳はほんの少し紹介されている程度です。
 「現代の子どもたちは書くことが嫌い」という声を聞くことがあります。しかし、私は「子どもたちは、文章表現を嫌ってはいない」「適切な方法を提示すれば、驚くほど喜々として表現する」ということを、川柳の実践から感じています。
 子どもたちは、「すごいね」「こんなことを考えていたのか」「楽しいことをしたね」などの教員、家族、友だちなどの反応がほしいのです。すなわち、意識する、しないは別として、文章を書いた後に、読み手の反応を求めているのです。しかし、毎日の授業や課題に追われている現場の教員にとって、作文指導の意義や役割を理解しつつも、なかなかじっくりと取り組むことができません。作文となると「学習した漢字を書きましょう」「段落に気をつけましょう」「書き終わったら読み直して……」と指導が入り、子どもたちにとっては「ややこしいもの」「めんどうなもの」となりがちです。その上、教員が40人近い子どもたちの作文に感想や励ましの言葉を入れるとなると、本人に作文が返されるのが遅くなり、時期を逸することもあります。子どもたちの願いに対応できない悩みを現場の教員は抱いているのが実情ではないでしょうか。
 それに対して川柳は、17文字という短い言葉で表現します。俳句と違い、季語などを入れる制約もありません。子どもたちを取り巻く全てのことを対象に、日常使っている言葉で、素直に表現すればいいのです。川柳には、うまいとかへたとかも関係ありません。
 はじめのうちは、「川柳って、なに?」「どうして書くのだろうか?」と戸惑いながらも、川柳を作り始めた子どもたちは、五・七・五のもつ言葉のリズムの心地よさを受け入れるようになります。そして、教員・友だち・家族の発する「おもしろいね」などの反応を知ることによって、書くことがさらに楽しくなっていきます。何十、何百と川柳を書き、また、友だちの作品を読み比べることで、作る川柳の質も変化してきます。遊び、授業、季節、友だち、家族、社会の出来事など……をより広く深く見つめるようになっていきます。さらに、17文字という言葉の制約の中で、自分の思いをどのような言葉で表現するのがよいか思考を重ねることになるのです。つまり、使う言葉への感覚が鋭くなります。
 一方、教員はというと、子どもの作品を読むことも、一枚文集にすることも、また、一枚文集の作品にコメントを入れるにも時間をそれほど要しません。作文より少ない労力ですみます。さらに、労力が少ないだけではありません。子どもたちの川柳を読むことで子どもの気持ちを理解し、保護者の川柳から子育ての喜びや苦労、知恵を学ぶことができます。子ども、保護者、教員の三者が互いに川柳を通して交流し、理解し合うことができるのです。
 川柳は、現代の子どもと教員の心にフィットする教育実践の一つだと感じています。

 本書は、1999年度に担任した三年生37人、2000年度に担任した三年生40人、合計77人の子どもたちと保護者の川柳を基に編集しました。
 第一章では、私が川柳を取り組むようになったきっかけを述べ、また、「川柳銀行物語」を通して、具体的な取り組み内容を述べています。読者の方には、本章を読んでいただくことで、子どもたちが二年間で合計42,000句にも及ぶ川柳を書き続けた理由や、保護者の方の川柳投稿の様子を理解していただけるものと思います。
 第二章では、学校での出来事や、家庭、季節などの項目別に子どもたちの川柳を分類・掲載しました。どこの学級でも、どこの家庭でも起こる日常の出来事を表現した作品から、子どもの素直な気持ちや感性を感じていただけたら幸いです。さらに、子育ての喜怒哀楽を綴った保護者の川柳からは、連帯意識のような感情を読者の方に感じていただけるのではないでしょうか。
 この本に収められている川柳は、小学三年生とその保護者の作品です。したがって、ほとんどの作品は、子どもたちも読むことができます。ご家族で、また、学校教育の場で、「おもしろそうだな」「川柳を書いてみようかな」という気運が高まり、川柳を楽しむ輪が広がっていけば、著者として望外の喜びであります。

 最後に、本書の出版にあたり、川柳の作品を快く掲載することを承諾していただいた愛知県日進市立香久山小学校元3年1組の子どもたちと保護者の方々にお礼を述べたいと思います。また、本書の単行本化を強く勧めてくださった元名古屋テレビ放送潟`ーフ・プロデューサーの池田八朗氏、近未来社の深川昌弘氏には度々援助や励ましをいただきました。ありがとうございました。

 2002年12月
日野 進