近未来社
■地中の虹
本書の発刊によせて

 本書は、こんにち国際的な環境問題の1つとして取り上げられることの多くなった、放射性廃棄物処分技術の問題について、著者の専門とする地質学、地下水学の視点から書かれたものである。この中で著者は、現在の処分技術の到達点及び問題点を、著者自身が実際に行ったフィールド・ワークの中から得た結果に基づいて、詳細に説明している。

 原子力発電所から排出される放射性廃棄物の安全かつ長期にわたる地下貯蔵を図るため、国際経済協力機構(OECD)の原子力部会(NEA)の呼びかけで、実際の岩盤を使った実験がスウェーデンのストリパ鉱山で開始されたのは、1979年のことであった。

 以後13年が経過した今日、本書でも述べられているように、地下処分技術は、飛躍的な発展を遂げている。また、わが国においても、鉱山の廃坑を利用して、岩盤深部における地下水制御に関する各種の実験が精力的に行われるなど、放射性廃棄物の安全貯蔵に対する基礎的な研究は、科学者はもとより、国の研究機関に所属する研究者・技術者の相互の連携によって、着実に成果を挙げてきている。

 著者も指摘しているとおり、我々にとって地下の世界は、日常では覗き見ることのできない暗黒の世界である。何が起こっているか、これから何が起きようとしているのか、予想することは困難をきわめる。この「未知の場所」を利用して自然や人体に危険な影響を及ぼす有害な廃棄物を、長期間安全に貯蔵するために、我々は何を考え、いかなる手だてを講じなければならないだろうか。今、我々に求められているものは、広い空間と永い期間にわたる広範な知識体系を利用しながら、繊細であり、かつ大胆ともいえる想像力を駆使して、この困難な問題の解決にあたることであろう。

 著者の渡辺邦夫氏は、私の奉職する名古屋大学理学部地球科学科を卒業された後、現在、埼玉大学工学部において教鞭を執る傍ら、後進の指導・育成に当たっておられる、新進気鋭の地質工学者である。著者は、深い探求心と広い知識から、学問の谷間ともなっていた岩盤と水との関係に本質的な問題点があることに気づき、それについてこの十有余年、精力的に研究を続けてきている。

 著者の視座の高さと考え方の柔らかさは、本書の随所に見られるが、とくに第3章、第4章に収録されている「古墳技術者の知恵に学ぶ」は、圧巻である。第2章において、ストリパ・プロジェクトの現場報告を題材に高レベル放射性廃棄物の地下処分技術のあり方を問題にした著者は、ここでは、低レベル放射性廃棄物の地層処分技術の手掛かりを、「古墳」という歴史的モニュメントの中に求めようとする。つまり、古墳の中に残されている遺物の状態と古墳の構造や古墳周囲の環境との相関関係を探ることによって、廃棄物の地層処分に相応しい技術のあり方を模索していこうとするのである。もちろん、氏の提唱している考え方や技術は、学問としては、萌芽の域を出ないが、100有余の古墳を実際に調査した上で導き出した科学的なデータには、説得力がある。

 本書の中心をなす基礎的な分野は、本来、複雑で難解な数式によって構成されているが、著者は本書において、意識的に数理的展開を避けた。その代わりに、図や写真を多数用いている。これは、本書の言わんとすることをよりよく理解するために大きく役立っている。

 本書では、通して“私”という人称が用いられている。一人称で、しかも読者に語りかけてくるような文章の運びを頑なに崩そうとしない著者の姿勢には、そのまま自然や人間に対する優しさを体現してきた「誇り」が感じられる。

 最後に、本書が、自然科学のあり方に興味を持たれる多くの方々によって読み継がれ、ここに述べられた自然科学の新しい分野を目指そうとする若い学生諸君が一人でも多く生まれ出ることを願うものである。

平成5年初春 水谷 伸治郎(名古屋大学教授)

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