近未来社
■地球色変化
本書の発刊によせて

 中嶋悟君の本に寄せて何か一文を書いて欲しいと、近未来社の深川さんから印刷されるばかりになったコピーが送られてきた。先ず驚いたことは、あれ程忙しい彼が、よくこれだけの内容の物を290頁もの大部に書いたと言うことであった。文を書くとなると、書いては思い直し、書き直しを何度も繰り返し、出版社からせかされ通しであるのが常の私は本当に舌を巻いてしまった。

 読んでみると、彼に卒論のテーマとして提案したウラン鉱床の調査に端を発した研究が地球化学の基礎的諸問題の研究にどの様に発展していったのか、また、それをどのようにして行ったのかについて、彼の研究の足跡が手にとるように描かれている。それは、ファラデーの「ロウソクの科学」あるいは、アレクサンダーの「シリカと私」を読んだときに感ずる自然科学の醍醐味を再び味合わせて貰えるものであった。雑用で忙しいと口癖のように言っている彼が、これだけの心の余裕を持って対処しているのをつぶさに感じて、とても頼もしく思った。

 自然科学というと、何か分かりにくい大変複雑でたくさんのことを知っていないと、取り付くことが出来ないと思っている人は多い。これは、輸入学問として発展した日本の科学の背景のせいである。科学が生まれ育っていった欧米で20年近く研究していると、科学は研究対象とこれを理解しようとする自分との関係が主体で、理解したことを系統立てて一般に解るように説明したものであることを痛感する。自分の見解がはっきりした時点で文献を点検し直して、自分の見いだした新しい点を確認している研究者が少なくない。この点を中嶋君は自分が歩んでいる道を通してよく描いている。

 本書で中嶋君が触れているように、私と彼との出会いはすでに、18年前に遡る。それ以来私は彼に苦労ばかり掛けさせ通しなのではないかと、気になっている。しかしその苦労を通して、彼は物事を解ることから良識を頼りに順々に明快に解いて行くという、私が思っているフランスの大学やC.N.R.Sの伝統的研究精神を体得してくれたことを非常に嬉しく思って止まない。本書にはこの精神もよく表され伝わっている。

 資源に限りがあることが認識され、また地球温暖化その他の環境問題も一段と深刻の度を深めている。ウランは危険であるからという訳で「臭いものには蓋を」的な発想で旧来の化石燃料に頼ったエネルギーにのみ依存することはできない。予測される危険を認識してこれに充分対処して「危険をあえて冒し」てこそ、科学技術であり、日本という特殊な地質条件の国における高レベル放射性廃棄物処理の問題には独創的な方策の樹立が必要不可欠である。そのためには本書で述べられているような基礎的研究が地道に進められて行かねばならない。

 これらの点で、本書は科学に興味を持つ青年達にも、研究の道を歩み始めた人にも、また科学技術の最前線に立っている人にも示唆に満ちた書物であると思う。

1994年8月 飯山 敏道(東京大学名誉教授)

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