近未来社
■風化と崩壊
本書の刊行によせて

−応用地質学の新たな発展の道−

 著者の千木良さんとは同門である。共に東京大学で木村敏雄先生の薫陶を受けた。しかし、単に木村門下で一番上の先輩だからということで、この文章の執筆依頼がきたのではないと思う。わが国で唯一人の理学部応用地質学講座の教授だからであろう。その立場で書かせていただくこととする。

 千木良さんも「あとがき」で述べているが、従来、学会ではややもすると応用科学は学問ではないと見なされてきた。地質学はこうした高踏的な先生方の多い理学部で教育されているのだから、若者がなかなか応用地質学をやろうとしないのは当然である。その点、千木良さんは最初から「社会に役立つ地質学」を志していたとのこと、誠に立派である。序章に紹介されているように、木村先生から「面白い学生が来た。災害の話でもしてやってくれ。」と頼まれて、東大の講座ゼミでシラス災害の話をしたことがある。その「面白い」学生が千木良さんだったのである。1976年に鹿児島であった災害を例にとり、「鹿児島の災害というとすぐシラス崩れを連想し、シラス全体が大規模に崩れるものとの固定観念がある。しかし、今回の災害は古土壌から上の降下軽石(ボラ)がすべったボラすべりに過ぎない。土木の人たちは軽石質だと何でもシラスだと思っている。注意すると名称などどうでもよいと言う。しかし、そもそもflow(火砕流堆積物)とは成因が異なる以上、存在する場所も災害に対する意義も異なる。当然、災害の予知予測や防災対策にまで影響する。やはり地質屋の出番が求められている 。」といった話をしたことを憶えている。その後、千木良さんが初志を貫徹され、応用地質の論文を書いて電力中央研究所に就職されたと聞き、大変うれしく思ったものである。

 さらに今回原稿を拝見して、「わが意を得たり」と思うと共に、応用地質学の進むべき道を示唆した卓見が随所に見られ感銘を受けた。応用地質学というものをどう捉えるかに関しては全く同感である。私もある百科事典で応用地質学を「自然と人間社会とのかかわりのなかで発生するさまざまの社会的な問題に対して、地質学の立場からこたえる学問。したがって、その対象とする課題は、人間社会の発展とともにつねに変化していく…」と定義し、富国強兵時代資源地質学と同義語だったし、列島改造時代は土木地質学を指したが、将来は地質工学と環境地質学の二大潮流となって発展していくであろうと述べた。純粋地質学との関係についても、地質学を一本の樹に例え、「社会という大地にしっかりと根を下ろし、養分を吸収している太い幹が応用地質学であり、その上に緑豊かに繁っている葉が純粋地質学である。」と述べ、生きた現実社会の中にこそもっとも斬新的なテーマが潜んでいると、「現場からの発想」の重要性を強調したことがある。

 しかし、「社会のニーズに応える」とか「世の中に役立つ」とかいった精神論や社会的ステータスを上げるといった実利だけでは若者はついて来ない。若者はいつの時代もロマンチストであり、やはり科学としての魅力が不可欠である。一面的なプラグマティズムを主張したつもりはないが、私の所論にはその点が欠けていた。本書ではその点が見事に補われ、サイエンスとしての応用地質学が展開されている。解決を迫られている具体的な問題に端を発してさまざまな研究課題に取り組む。その過程で本職の構造地質学だけでなく、粘土鉱物学・地球化学・土質力学などありとあらゆる分野を総動員して解決に当たる。さらには必要なら試験機器まで開発する。当然、専門外の分野に関しては基礎からの学習が伴ったのであろう。千木良さんの本領は、普通の地質学者のようにメカニズムを論ずるだけで満足したり、土木の僕として設計施工に必要な地質データを提供して事足れリとして済ませないところにある。科学者としての鋭い眼で事の本質をえぐり出し、サイエンスとしても独創的な地平を切り拓いてきた。本書にはこうした千木良さん自身の模索し前進する姿が生き生きと描かれており、応用地質 学の発展方向が示唆されている。後進の若者たちを魅了するに違いない。本書を読んで一人でも多くの若者が応用地質学ないし応用地球科学の道へ進まれることを切望する。

 また、いわゆる「純粋」地質学者には応用地質学を見直すきっかけになるだろうし、現場の地質技術者にはデータ収集のレベルから一歩前進する方向を考えさせてくれるであろう。本書が多くの方々に読まれることを期待し、心から推薦する次第である。

1995年3月 岩松 暉(鹿児島大学理学部教授)

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