近未来社
■群発する崩壊
まえがき

 私は,1995年に,その頃までの実務と研究をもとに,『風化と崩壊』を執筆し,それに「第3世代の応用地質」というサブタイトルをつけた。そして,それ以降,私にはもう『風化と崩壊』と同じような本は書けないと思っていた。しかしながら,人生至るところ青山有り,ともいうけれども,最近,風化と斜面崩壊に関して新しいものが次々に見えてきたような気がしてきた。斜面崩壊には古くから多くの人がかかわってきたけれども,それを研究対象としてみると,まだまだ新しい発見があるし,わからないことも多いのである。また,以前は自ら考えて自ら実行して研究を進めてきたが,その後,研究に学生たちが大きくかかわってくるようになってきた。大学では,基礎的なことを研究するとともに,理学研究科の学生たちを育てることが大きな目的となった。そこには,自分の研究,学生のテーマ選定,講義のしかた,ゼミの運営,予算の調達,社会とのかかわり方など,大学なりの迷いや,楽しさ,難しさもあった。このようなことを背景として,そして何よりも学生たちのエネルギーに背中を押されて,以前と少し違う立場にたって,いわば『風化と崩壊』の第2弾(大学版)を書くことにした。

 斜面崩壊は,わが国にとって古くて新しい問題である。毎年のように大雨があり,また,間欠的に地震が発生し,斜面崩壊による災害をひきおこしてきた。この点,斜面崩壊は古くからの問題であるし,その災害を受けることはわが国の宿命であるようにさえ見える。私は,1998年3月に出版した前著『災害地質学入門』に,最近斜面災害が毎年のように起こっていると書いたが,その後も,1998年8月福島,1999年6月広島,2000年7月神津島,2000年9月東海,の各災害が引き続いておこった。災害の度に,その災害はなぜ発生したか,また,今後,そのような災害を防ぐためには何をすべきかが議論されてきた。

 そして,当然,議論されるだけでなく,斜面災害に対する対策,すなわち急傾斜の斜面の保護や砂防堰堤の建設などが着実に進められてきた。そのための法整備も進められてきており,明治30年の砂防法と森林法,昭和33年の地すべり等防止法,昭和44年の急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法,そして,平成12年には土砂災害防止法が定められてきた。これらのうち,昭和44年の急傾斜地法は昭和42年の豪雨災害(神戸,呉など)を契機に,また,平成12年の土砂災害防止法は,平成10年の福島豪雨災害と11年の広島の豪雨災害を契機として制定されてきた。このように,わが国では斜面崩壊に対する行動は古くからなされてきており,それは世界にも類をみないものである。一方,それでも斜面崩壊による災害は毎年のように発生しているし,崩壊について未だに良く理解されていない点や対処が不十分な点も多く残されていることを考えると,斜面崩壊はまだまだ新しい問題である。

 上に述べた災害のうち,神戸と呉,広島,東海の災害は花崗岩地域に起こった災害であり,福島の災害は火砕流凝灰岩分布地の災害である。この2つの岩石の分布地では,従来,極めて多くの崩壊が何回も発生してきており,この傾向は古くから良く知られたことであった。しかしながら,この古くから知られていたことに,新しいことがたくさん潜んでいた。これが本書の主題である。

 花崗岩地域に大雨が降れば,風化した花崗岩−マサ−が脆弱だから,崩壊がたくさん発生する。このことは,ずっと以前からたくさんの人が言ってきた。そのことを解説した本も出版され,その特集を組んだ学術雑誌もたくさんある。しかしながら,基本的なところで大きく進歩したことは何だっただろうか。たしかにキーになる論文や報告があった。しかし,なぜか省みられなかったり,その後の進歩につながっていなかったような気がする。このことの原因には色々あるのであろうが,何と言っても地球科学的研究や理解の不充分さがあげられる。考えてみれば,斜面崩壊に関する研究では,地球科学以外の研究はすでに進むところまで進んでいるような気がする。ただ,それが必ずしも実際の物質や構造とリンクしていないために,全体としての研究の進歩が遅れているのだと,私は思う。このような理由で,斜面崩壊の発生メカニズムや発生場に関する理解とそれに基づく発生場所と時間の予測技術は未だに不十分な状態にあり,このことに関する研究が急務であるという事情は昔と変わっていない。

 崩壊が一度に数多く発生する−つまり群発する−ということは,「広い範囲に共通するような『崩壊しやすい条件』がある」ということを示している。花崗岩分布地が隣接する他の岩石分布地と同じような降雨を受けて崩壊を多発したのに,もう一方の岩石分布地にはほとんど崩壊が起こらなかった,ということはしばしば経験したことである。火砕流凝灰岩の地域も同様である。特に近年の被災地域で地質を詳細に調べてみると,崩壊の群発した地域の地質には,やはり,崩壊しやすい条件が整えられていたことが具体的にわかってきた。また,この条件の最も重要なものは岩石の風化によって作り出されていることも次第に明確になってきた。

 本書は,私が1997年に京都大学防災研究所に移ってから,私と私の研究室の学生たちが行った研究を中心にしてとりまとめたものである。書き方のスタイルは前著『風化と崩壊』と同様で,学術論文的な書き方ではなく,研究をした順番や,面白かったこと,大変だったこと,などをできるだけ書くようにした。論理の流れというよりも,気持ちの流れを大切にした。ただ,一部では全体像を理解していただくために,かなり教科書的な書き方になったことを了解していただきたい。

 1章では,導入として,本書を読む上での考え方について説明する。2章から6章までは,花崗岩の風化と崩壊について述べる。2章では,花崗岩の風化と崩壊について概観し,近年天気予報でも耳にする土壌雨量指数について概説する。3章では,花崗岩の特異な風化様式として,花崗岩が薄く密に割れる現象が地表付近で起こること,そして,それが花崗岩の崩壊に非常に重要な役割を果たすことを示す。4章では,地質学的長時間にわたって形成された風化物が,地表に現れて,さらに急速に再風化すること,また,この再風化によって崩れやすい構造がつくられることを示す。5章では,花崗岩の特徴的な風化様式として球状風化−未風化岩石が球形になる風化様式−について述べる。6章では,花崗岩が薄く割れるような風化様式をとるか,球状風化の様式をとるか,それらの様式が分かれる理由について考える。7章から10章までは,火砕流凝灰岩の風化と崩壊について述べる。7章では,火砕流凝灰岩地域の災害について概観する。8章では,非溶結火砕流凝灰岩について,その代表的なものであるシラスを主に対象にして,風化と降雨浸透挙動,崩壊のメカニズムについて述べる。9章では,1998年の福島 県南部豪雨災害で発生した斜面崩壊のタイプと発生メカニズムについて述べる。10章では,この時に最も多く発生した崩壊の原因となった風化について述べる。すなわち,弱く固結した火砕流凝灰岩(気相晶出凝灰岩)の風化メカニズムと,それに起因する崩壊の発生について述べる。

 私は,災害に関する科学を進める原動力は,科学的な研究意欲と社会的貢献への義務感とであると考える。どちらか片方だけでは空回りに陥る。地球科学は斜面災害を研究する上で不可欠な科学であるが,残念なことに,斜面災害に関連する科学の地球科学的な意義が十分に理解されていない。そのため,この分野で旺盛な研究意欲を持った若い地球科学者が少ない。本書が,斜面崩壊といった現象−言いかえれば日々の地形形成プロセス−の研究にも地球科学的意義,しかも新しく,高い意義があることを理解するために役立ったならば,私は大変うれしく思う。そして,本書を読んで,斜面崩壊に関して,読者が科学的理解を深め,また,学生諸君が科学的興味を持ってくれたならば,本書の目的は達せられたと思う。地球科学はとても豊かな科学である。科学の楽しさは科学だけにとどまらず,人間と地球との関係にまで踏み込んだところにもある。たしかに,美しい岩石が土になる過程や山が崩れるなどといったことに面白みを感じることはたやすいことではないだろうが,今までにあまり人が踏み込んでこなかったところであるだけに,新たでしかも有益な事実はたくさん転がっている。問題は,そ れを探す気持ちと多少の見る目があるかないかである。

 私は,花崗岩や火砕流凝灰岩の崩壊の調査を1997年に始めるまでは,これらの岩石についてはほとんど無知であった。ちなみに,いわゆる花崗岩類(後述する花崗岩,花崗閃緑岩,トーナル岩,石英閃緑岩など)は私にとっては同じような「花崗岩」であり,私にはこれらの区別もできなかった。さらに,火砕流凝灰岩についても,雲仙普賢岳で有名になったような火砕流の堆積物,つまり火山の噴出物が高温状態で火砕流として流れ下った堆積物で,溶結して硬くなっている場合がある,といった程度の認識しかなかった。ところが,これらの崩壊,特に1998年福島県南部豪雨災害と1999年広島県豪雨災害を調査して,その崩壊発生の大きな原因が岩石の風化の様式にあることを知り,また,風化の様式にも様々なものがあり,従来広まっている考えはあまりにも単純であることがわかった。さらに,興味深いことに,これらの岩石の成因が岩石の風化の様式に大きな影響を与えて,さらには崩壊の発生メカニズムまで規定していることがわかった。これは,学生たちとともに,すこしずつ調査して,考えて,勉強して,議論して,を繰り返した結果わかったことである。ほとんど予備知識のない状態から岩 石の成因から風化と崩壊にいたるまでを一通り理解するのはかなり大変で,また,それぞれの岩石や現象についての専門家からみれば,私たちにはまわり道も多かったはずである。しかし,だからこそ,心躍る思いがあった。

 本書の読者としては,前著の『風化と崩壊』,『災害地質学入門』(共に近未来社刊)と同じく,地球科学的知識を必ずしも持っていなくても,それに興味を持つ人,つまり,多少努力して読んでいただける方を対象とした。本書を読むのに予備知識はあまり必要ではない。私も逐次勉強して研究してきたことをまとめたのだから。わからない点は,前著『災害地質学入門』をごらんいただけば,大体理解できると思うし,わからない点は読み飛ばしていただいも全体を読む上で差し支えないと思う。

 では,41歳にして新たな出発をした私と,私の研究室の学生たちとともに新しいものを探しに出発していただこう。まだまだ私達にはやることがある。

千木良 雅弘

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