近未来社
■地質構造解析20講
まえがき

 この本は,深田研ニュースの35号(1998年3月)から60号(2002年5月)にかけて,「地質構造解析覚え書き」という題で書いたノートをまとめたものです。1回の分量はたいてい16ページずつで短いものでしたが,深田研ニュースが隔月に発行される30ページ前後のパンフレットですから,私のノートはその半分を占めるほどの量になりました。こうなると休んだり途中で止めたりすることができなくなり,とうとう足かけ5年間も続けることになりました。初めのころは書きたいことが次々と湧いてきて,2ケ月に一度書くことにそれほど苦労はしませんでしたが,終わりのころになると少々疲れてきて,あとから読み返す気もしないほどできの悪いこともありました。ついに16回目から隔隔月にしてもらい,間を大八木さんや藤井さんにやってもらいました。それでもやっと20回目にこぎつけて,やっとこれで重荷を下ろした気分になると同時に,少し淋しいような気持にもなりました。

 そもそもこの覚え書きと称するノートを書こうと思ったのは,地質構造の解析というのは,地質屋さんたちが皆だれでもできて,それができないと一人前とは見なされないようなものだと思われているのに,実際はそうではなくてかなりの力仕事で,経験や観察力はもちろん想像力も必要で,さらには地質だけでなく物理や化学のような基礎学力も要求されるような作業だということがあまり理解されていないように思ったからです。真っ平らなままで地層が重なっていて,たまに断層があると大事件になるような安定大陸ならばいざ知らず(実際にパリ盆地で断層を見せるといわれてほいほいついていったら,なんのことはない日本ならどこででも見られるようなちっぽけな断層が一つあっただけでがっかりしたこともあります),日本のようになんどもなんども地殻変動が起きて岩石や地層が曲がったり割れたりしているところでは,駆け出しの地質屋ではとても歯がたたないような専門的な仕事なのです。

 深田研に来てから,時々現場を見てくれという依頼があり,そこは野次馬根性旺盛なもので出かけていって,ダムサイトや建築の基礎地盤を見せてもらったり,説明してもらっているうちに,もう少し露頭で見られる構造が教えるところをきちんと理解した上で地質構造解析をやればいいのにと思うようになりました。地質構造解析といっても,ある地域の地質構造がどうなっているかを明らかにするというごく普通の仕事ですが,これがなかなか簡単でなく機械的なマニュアルに沿ってデータを出してまとめればそれでできあがりというわけには行かないことが理解されていないのではないかと思いだしたわけです。綿密にマッピングをし,露頭図を精密に書き,それをもとに断面図を書くというのはもっとも基礎的な地質調査の作業ですが,断面図を書き全体の地質構造を解釈するとなると,マニュアルに書いてあるとおりにやっても決して正解が得られません。それは思ったほど簡単なことではなく,構造地質学の知識だけでなく層序や堆積構造や変成岩やいろんな知識が必要で,その上なにやら想像力も要求されるというような種類の仕事なのです。日本のように露頭の状態がよくないところでは,ぽ つんぽつんとでてくる露頭で見られるのは小規模の地質構造だけで,それが全体のどういう位置にあって,どういう部分を表しているかをいつも推理してゆかなければなりません。それには眼前に見られるいろんな小構造やら岩質やら堆積構造やらのもっている意味を理解するのが第一歩です。それに見えない全体を想像するのですから,知識の量だけでなく想像力だって必要なのです。

 いうまでもなく,ある地域の地質構造を徹底的に解明するとなると,地表で露頭をみるだけではすみません。もっと直接に地下の情報を得る必要があることはいうまでもありません。たとえばボーリングをして実際に地下の岩石に触れるとか,検層の結果を調べるとか,あるいは地震探査を初めとする物理探査などを一緒にやらなければならないでしょう。これらは全部一体となってはじめて,もっとも確からしい地下の構造が推定されるわけです。この本ではそのうちの地表の観察のことしか書いてありません。それ以外のことはそれぞれその向きの本を読んでいただくようにお願いします。ただ,この本に書いてあるようなことは,以上のどのような観察結果を解釈するにも必要不可欠な知識であることは指摘しておきたいと思います。あまり一般的なことを言ってもピンと来ないと思いますので,この本の中味を見てもらう方がてっとりばやいと思います。露頭で見る小構造や中規模の構造がもつ意味を的確につかむために露頭をどういう風に見るかという課題が,この本の通奏低音になっています。

 もともとこのシリーズには,地質構造解析覚え書きという題をつけていました。覚え書きと断ってあるように,体系的に地質構造解析法を書いたものではありません。教科書を書こうという大それた考えは最初からありませんでした。私がこれまで実際に野外で問題にぶつかる度に,どうやったら解決できるかを考えあぐみながら,その都度なんとか切り抜けてきたやり方を,なるべく具体的に書いてみようと思って書いたものです。この本の中に出てくることにはとりたてて新しいことはありません。基本的なことだけです。企業の現場の方はみな忙しくてなかなか勉強に時間がとれないでしょうから,軽く読めてしかも本質的なところはついているようなことが書ければ幸いだと思って始めたものですから,軽い読み物として読み飛ばしていただいて一向差し支えありませんが,少しはなにかの役にたてば幸いだと思っています。

 題名には地質構造解析という言葉を使っています。これが正しい言い方だと思いますが,長たらしいのでたいてい構造解析といってすませてしまいます。ただし,構造解析というのは建築の方でも使う言葉で,同じ言葉は困るといわれるかもしれませんが,この本の中に建築の構造解析のことが出てくることはありませんので,この本で構造解析といったら地質構造解析のことだと理解していただきたいと思います。

 一冊の本としてまとめるにあたって,同じ主題のものをひとまとめにするなど構成を少し変えました。しかし,文章そのものはなるべく深田研ニュースに書いたときのままにしてあります。しかし,こうして全体を通じて読み返してみると,やっぱりあらばかりが目につきます。なるべく手を入れないようにはしましたが,明らかな誤りやもう一言付け加えると文意がはっきりするような場合には,しかたなく改訂しました。

 深田研ニュースが出るたびに,いろんな方々から感想をいただきました。概して好意的な感想が多かったのは,深田研ニュースというメディアがいわば身内のものだったのと,批判は私の耳に入って来なかっただけで,実際は読んだ方々がどう思われたかは分かりません。正直なところ自信はまったくありません。もともとニュースの埋め草としか思っていませんでしたから,あとあとまで残そうと思って書いたわけではありません。しかし,深田淳夫さんの強いお奨めがあり,深田研の皆さんも支援してくださることになって本にすることを決心しました。幸い近未来社の深川昌弘さんも乗り気になってくださって,こういう形で拙い文章が残ることになったのは望外の幸いです。所内では,藤江力さん,大八木則夫さん,藤井幸泰さん,川村喜一郎さん,藤田勝代さん,それに毎回きれいにレイアウトして印刷に回していただいた高木幸枝さんにお礼を申し上げます。

2003年4月 佐藤 正

もどるホーム