近未来社
■地下環境機能
刊行によせて

 地質の研究の基礎は野外における地質調査であることは周知のことである。空中写真の検討を含めての地形の研究と併せて,野外に露出している岩盤・地盤の種類・構造を丹念に調べて地表地質図を作成し,我々は併せて「地下がどうなっているのだろうか」という疑問を抱き続ける。そして,地質図が出来あがるとともにその地域の地下,少なくとも数10mくらいの深さまでの部分の地質構造がどうなっているかということについての我々の想像を「地質断面図」として描くのが普通である。

 地表地質図だけに基づいて想定された地下地質の構造では,いくら数10m程度の浅い部分のものにせよ,精度の点でかなり問題があるのは普通である。そこで我々は,適当な深度までの何本かのボーリングをさらに実施することがある。また,地下における弾性波・電磁波の伝わり方や電気伝導度などの変化を用いた物理探査によって地下地質を探る努力もごく普通である。

 油田地域における地表下数1,000mもの大深部までの地下の地質構造の調査のような場合においては,地表地質に関するデータよりも,いわゆる何本〜何10本もの大深度ボーリングや密度の高い物理探査の方がはるかに有効である。

 20世紀半ばくらいから今日までの間における鉱山・炭坑の坑道の深部化や地下発電所や大規模鉄道・道路トンネルの構築技術の高度化によって我々人間が実際に行かなくてはならない,あるいは行くことができる地下の深度は地表数10mから数100mにまで急速に増大した。それに伴って,地下に関する情報の量は加速度的に増加し,それとともに「より多くの情報を……」という我々の「地下に関する興味・関心」もたいへん強いものとなってきた。現在,世界のいわゆる先進国の中で,地質・岩盤・土質・土木関連の学会に,あるいは政府関連の組織の中に「深部地質」,「大深度地盤」に関する活発な研究組織や研究委員会を持っていない国は皆無と云ってよい。

 わが国の土木学会・地盤工学会においても数年前からこの種の研究委員会が組織されて大変活発な活動をして,多くの注目すべき報告書・研究報告を広く公表している。

 地下深部の利用に関する重要な情報には数多くのものがある。地質構造・割れ目特性,地盤・岩盤の強度と変形係数,地山にかかっている応力と地山変位量,土圧,地下水の圧力と流量,地温,湿度などは「地下に関する物理量」として最も大切な情報である。わが国における既存の大深度地下開発に関する組織の研究ターゲットの圧倒的大部分はこのような物理量に関するものであった。

(1)地下地盤・岩盤の中での化学物質の移動拡散特性と地下水の果たす役割,(2)それらの問題の研究方法など,「地下深部の化学的問題」についての研究成果は,主として日本原子力研究所,核燃料サイクル開発機構,電力中央研究所などが発行する比較的狭い頒布の専門的な報告書を通じてのみ,私のような専門家と呼ばれる者も知ることができるのみであった。

 今回,10数年にわたって世界各地における地下研究組織で研究し,大変優れた成果を数多く公表してきた吉田英一さんが,豊富な資料を駆使してまことに鮮やかな筆法で,「地下研究」の,主として化学物質の移動の側面についての研究を最新の知識を織り交ぜながら解りやすく紹介してくださった。原子力発電所から毎日出ているいわゆる「核廃棄物」と,21世紀半ばまでには行わなくてはならない数10の現有原子力発電所の解体(再構築?)に伴って排出される各種放射性廃棄物の処理処分を真剣に考えざるをえない今日,本書がなるべく多くの読者に,「地下の研究」という地味ではあるが,最も今日的な課題の最新の知識を手にして頂きたいと念願する次第である。

関 陽太郎(埼玉大学名誉教授)

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