近未来社
書評より・・・
■地下環境機能
日本地質学会ニュース
 (vol6,No.12 December 2003)
地球化学ニュース(VOL.37-4)
吉田英一著
地下環境機能−廃棄物処分の最前線に学ぶ」
近未来社,2003年6月発行
ISBN: 4-906431-18-6,174頁,本体2476円

吉田英一著
地下環境機能−廃棄物処分の最前線に学ぶ」
近未来社 2003年6月刊 174ページ

 近未来社の近未来科学ライブラリーの1冊として,上記書籍が出版された.本シリ ーズは,応用地質学あるいは災害科学に関する話題を取り扱っているが,決してその 分野の教科書ではない.各巻の著者が自分がこれまで行ってきた研究について,そして時には生い立ちや受けた教育にまで立ち入り,それを生々しく語り尽くす.そういったシリーズである.したがって,このシリーズは,ある学問分野について基礎から系統的に学ぼうとする初学者にとっては,適当な1冊とは言えない.しかし,ある分野の第一人者の個人的な経験を通して,その分野の研究の最前線に触れることができる.そんなシリーズである.

 本書もそのような1冊である.著者の吉田英一氏は,現在,名古屋大学博物館に奉職し、応用地球科学分野の研究を進められているが,1986年から約15年間,核燃料サイクル開発機構に勤務し放射性廃棄物の地層処分の研究,その中でも地下環境での物質移動研究に携わってこられた.本書は,氏のその間の研究を他の専門の方にもわかりやすく解説されたものである.

 我々は地質調査を行い地質図を作成する.沢や林道に沿って見られるわずかな情報から,面的な地質図を作成するのはたいへん難しい.地表でさえこうなのだから,地下がどうなっているか,さらにはどう変化していくのかを予想することの難しさは言わずもがなである.しかし近年,我々は,そのまるでわからない地下環境に,ある種の機能を期待せざるを得ない事態に直面している.放射性廃棄物の地層処分である.本書では著者らの研究グループが,どのようにして地下環境を理解し,その機能を評価していこうとしているのか,そんな研究の道筋が述べられている.

 本書は序章と次の4章からなっている.
  第1章 地下環境の研究
  第2章 地下環境機能の評価
  第3章 地下環境機能の室内実験
  第4章 具体的な地下環境機能

各章の扉は,大胆な筆使いであるにもかかわらず繊細さがにじみ出ている,水彩画の小品で飾られている.聞けば著者自らの作品とのこと.著者の熱い思いのこもった章を読み終えるごとに,目と心に涼風を送り込んでくれる.

 著者は,第1章でスウェーデン,スイス,カナダ,アメリカ,ベルギーそして日本の地下研究施設,およびそこで行われている研究を簡単に紹介している.これらの施設は,安定大陸の上にある場合もあれば,造山帯に位置することもある.また,先カンブリア代の花こう岩中に設置されていることも新生代の堆積岩中にあることもある.それぞれの国が自国で地層処分を行うとすればどこが最適かということに思いを巡らせ,その結果選ばれた場所に地下研究施設が設けられているのであろう.そこでは,それぞれの岩相や場の違いを意識しながら,様々な研究が行われいる.

 第2章では,著者が1988年から3年間滞在されたベルギーのモル研究所における研究成果が述べられている.モル研究所の地下施設は,第三紀のBoom clayと呼ばれる粘土層中に設けられ,著者らの研究グループはここで物質移動に関する原位置試験を行った.原位置試験の重要性,地下における物質移動の測定法の開発,放射性核種を用いる試験の難しさなど興味深い話が述べられている.

 第3章は,一転して,室内試験の考え方・方法論・その成果に充てられている.扱っているテーマは同じで,Boom clay中の物質移動についてである.その速度や経路を正確にかつ具体的に調べるための,あるいは,実験結果の信頼性や精度を担保するための,実験機器のデザインや開発の苦労が,読者にもよく伝わってくる.

 第2章,3章がいずれも短い時間で結果の出る実験という手法による研究の成果を述べているのに対し,第4章では長期に渡る地下環境の変化を議論している.この問題は実験などでは決して解を得ることができない難しい問題であると同時に,そのような現象を普段から扱っている地質学者が最も貢献できる問題でもある.いわゆるナチュラルアナログといわれる研究方法である.具体的には,著者が岐阜県の東濃鉱山のウラン鉱床で行った物質(ウラン)移動の研究や,岩手県の釜石鉱山で行った花こう岩の割れ目,特にその充填鉱物の研究の成果が述べられている.

 評者が「面白いな」と思ったのは,著者があとがきで述べている「研究者のあるべき姿について感じたこと」である.著者は,1)研究者は議論好きであるべきである,2)研究には人脈が大切である,3)研究には職人肌の技術者が必要である,という3点を強調している.このことは,地下環境の研究の特徴をよく表している.環境という言葉の持つ意味はたいへん広い.地下環境と言った場合も,地下の岩盤のみならず,地下水やそこに生きる微生物までをも考えに入れねばならず,そのような問題を扱う学問分野も地質学,地球化学,土木工学,生物学など多岐にわたる.そのような問題に,リーダーシップを発揮して取り組まなければならない時,大切なのは他分野の研究者との議論や,ともに問題を解決するのに必要な有能な研究者や技術者なのであろう.

 最後に,本書が放射性廃棄物の地層処分に興味がある方々ばかりでなく,これから研究を始めようとする異分野の若い方々にとっても,研究方法やその進め方を考える上でたいへん参考になる1冊であることを強調して本書評の結びとしたい.
小嶋 智(岐阜大学工学部)

 著者は、日本地球化学会ではあまり知られていないかもしれない。しかし2003年9月のGoldschmidt国際会議では、広島大学の日高氏とともに、S34 (Geochemical Immobilization and Long-term Isolation of Waste)のchairmanの一人として32件のセッションを取り仕切った。著者のバックグランドは、構造地質学(断層や褶曲から地質を研究する分野)であるが、これまで地下環境中での割れ目や断層の形状解析とそこでの岩石-地下水反応や、ウラン鉱床における放射性元素の移動など、いわゆる放射性廃棄物の地層処分に関するナチュラルアナログ研究を精力的に行ってきた。この廃棄物処分に関するナチュラルアナログという研究分野は、P.K. Kuroda博士の「オクロ天然原子炉」に拠り所を得た研究の流れである、といえば納得される方々も多いに違いない。現在著者は、これらの経験をもとに名古屋大学博物館資料分析系および環境学研究科助教授として、環境地質学、応用地質学分野の研究を展開しつつある。

 このような経験をもとに著された本書は、第1章「地下環境の研究」、第2章「地下環境機能の評価」第3章「地下環境機能の室内実験」、第4章「長期的な地下環境機能」の4章から構成される。第1章では、著者の研究経歴からも想像されるように、諸外国の、おもに放射性廃棄物の地下隔離を目的とした研究機関が、それぞれに進めている、工夫をこらした基礎研究のアウトラインが紹介されている。第2章では、それぞれの研究所が立地する場の地質(堆積岩とか花崗岩とか)に対する透水性や元素の拡散など物質科学的な実験的研究とその成果が紹介されている。とくに様々な放射性元素を用いたトレーサーが地質環境ごとに異なる移動特性を持つこと、地下坑道などの「穴」をあけることによる地下環境の変化、などが計測上の工夫とともに語られている。第3章では、多くの地球化学の研究がそうであるように、第2章の事象を室内実験でより正確にシミュレートために、どの課題をいかにして克服するかについて、境界条件の設定法や酸素分圧の制御等が例として紹介されている。第4章は、ナチュラルアナログの紹介とともに"長期的な地下環境機能の変化と恒常性"について、時 間のスケールをいれた課題として解説がなされている。

 これら4章を読み、地層処分に関する地球科学的課題(とくに地球化学に関する課題)に対する研究の実施状況や次世代教育、社会に対するアカウンタビリティー等等、このままでいいのだろうか?という疑問が評者ならずともわき上がってくる。それは著者においても同様であるらしく、序章(1章の前にある)には、いかにこの研究が未知の領域に探りを入れているものであるか、どこに困難さがあるのか、が書かれている。弱みをさらけ出した上での解説である。

 昨今"理科離れ"等の言葉が流行し、"問題解決能力"が計画書に踊っている。しかし、いちばん根本にあるのは、"問題発見能力"ではないだろうか?この本は、地下環境が持つ機能の研究を通して筆者がどのように問題を見いだしてきたか?その楽しさはどこにあるのか?を解説した本であり、このような環境科学的な課題に対して興味を有する学生、大学院生には一読を勧めたい本である。
田中 剛(名古屋大学環境学研究科)
もどる ホーム