近未来社
■かたつむりの世界<マイマイ属>
本書の発刊によせて

 良友の川名美佐男さんが長年にわたり調査・研究されてきた成果を,『かたつむりの世界(マイマイ属)』として刊行に向けて準備をされていることに対し,心からそのご努力と熱意に万感の思いをもってお慶び申し上げたい。

 川名さんとはいつ頃から交流を始めたのか,今では思い出せない。おそらく日本貝類学会のいつかの大会時だったかもしれない。双方の年齢が近かったこと,教員をしていたことで気が合うことが多く,北海道から八重山諸島まで全国各地へ調査行を共にした回数は約10回(延べ85日)にも及んでいる。お互いに定年退職になってからは調査と銘打った全国への「蝸牛行脚」をよく行なってきた。目下,長年の思いを結集させた草稿を点検させていただいているが,草稿の中にはそれらの調査行で採取された標本が示されていて,私にとっても思い出の標本がある上に,また数々のエピソードなども散見されてなつかしい。大型で日本の代表的な「かたつむり」のマイマイ属Euhadraは,川名さんの最も好きな「かたつむり」であって,自ら全国を走破して集められたマイマイ属の標本はわが国では最大規模のコレクションといっても過言ではない。

 さて,マイマイ属は北海道からトカラ列島まで広く分布して,日本を代表する「かたつむり」であること,これらはそれぞれの地域で種分化しているために地方固有の種(亜種)が多く知られていることなど,いわゆる「ふるさと」を代表するカタツムリがこの仲間なのである。貝殻の殻表の状況や色帯,大きさのほかに軟体部の模様,生殖器系などを総合的に加味して分類すると幾つかの種群(グループ)に分けられる。多くの地域からの標本を集めて研究する必要があるが,近年の棲息環境の悪化などによって,これらは年々減少の一途をたどっている。今では以前に比べて個体数が少なくなってきているのである。1850年にミスジマイマイやヒダリマキマイマイが新種記載されて以来,数多くの現生の種類(約66種・亜種)が報告されているものの,種群の中では地理的変異が極めて多くて,分類が難しいことも事実である。

 川名さんはこれまで種(亜種)名がつけられているすべてを取り上げ,貝殻から軟体部が出ている状態の写真と,すべての標本写真を図示することを最優先にしたいという考えをもっておられた。そして種の学名の表記や種の同定については,筆者とは若干意見の相違があるものの,川名さん自身の責任において表示しているのでそれを容認して意見を出さなかった。そのため種群の中で種のシノニム(同種異名)や亜種間の相違などの検討を保留して本書の準備に入られているので,本書を見る際にはそのこと(種・亜種名が多くなったこと)を留意しておく必要がある。

 本書は掲載の写真からもわかるように,長年をかけての「蝸牛行脚」の成果が随所に見られ,多数の標本写真は個体ごとの美しさと変異性をあますことなく伝えてくれる。貝類の分類は貝殻の形態だけではなく,生殖器系などの内部形態も重視される。また最近は分子系統解析(DNA)という手法によって種群の系統が次第に明らかになってきており,近い将来には日本のマイマイ属の分類体系も大きく変わることが予想されている。

 なお,全国への「蝸牛行脚」中に川名さんは福島県会津地方から未知の新種候補種を採集され,筆者もそれを共同研究させていただいている。しかし,総合的な研究の必要性から,本書の刊行には新種記載が間に合わなかった。本書には“アイヅマイマイ”と仮称しているそのマイマイ属を図示していることも本書の特徴と考えている。

 なにはともあれ,このマイマイ属に魅せられて何十年間ものめり込んだ川名さんの念願であった『かたつむりの世界(マイマイ属)』の刊行を心から祝福したい。そして,「かたつむり」の多様性と面白さを多くの人々に知っていただくために,この良書をここに推薦させていただくとともに,この本が上梓されるまでの取り組みを目の当たり見てきた友人として,この刊行を大いなる喜びをもって分かち合いたい。

平成18(2006)年8月8日 湊 宏(日本貝類学会評議員・京都大学・博士(理学))

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