近未来社
■内陸地震はなぜ起こるのか?
書評 (日本地震学会ニュースレター第21卷,15頁)

 本書は,内陸地震の発生のメカニズムをわかりやすく解説したものである.その冒頭で,本書は教科書でないと述べられている.確かに随所に筆者の研究生活や観測の話などが入れられ,エッセー風でもある.ある程度の物理と数学の知識があれば,地震学と全く関係のない読者でも読み進むことができるであろう.また,地震学を志す学生にも,各所にその内容に応じた地震学の基礎が説明されており,内陸地震の実体を知る上で得るところが大きいと考える.

 一方,地震の専門家にとって,本書の内容は示唆的で大変面白く,専門書的である.かねてより,筆者は内陸地震の発生には下部地殻に局所的な弱化域の存在が重要であると主張してきた.この本を読むと,その考えがどのような経緯でつくられていったのかがよくわかる.何故なら,本書の章立てが,筆者の研究歴(即ち研究の進展)に沿った形で構成されているからである.私事であるが,評者は内陸地震の成因について,何度か筆者と議論したことがある.その中でどうしてもわからなかったことが,恥ずかしながら本書を読んでようやく理解できた.また,筆者のアイデアやモデルが地震学に限らず広い分野の研究者との交流やプロジェクトの推進(その多くで筆者は中心的役割を果たした)から生まれたこともよくわかった.以下にその内容を簡単に紹介することとする.

 本書は,その前書きにかえて1995年の兵庫県南部地震の生々しい体験談から始まる.地震学の知識がさほどない読者にとっては,衝撃的な出だしである.第1章では,筆者の唱える内陸地震発生説についての大元となっている1984年の長野県西部地震の余震観測が紹介されている.筆者は,この地震の断層モデルとともに,その地下深部で発見されたS波反射面に着目した.そして,この反射面周辺でおこる微小地震のメカニズム等からこの反射面がゆっくりとした逆断層運動を起こしたと推定され,その結果として地震断層周辺ではすべりが進行しやすい応力状態が作り出されたと考えた.これが,水平断層仮説と呼ばれるものである.S波の反射面は自然地震観測からしばしば見つけられるものであるが,この反射面と地震断層の関連に目を付け,反射面におけるゆっくりとした運動と地震の励起を結びつけたところが,筆者の卓見であろう.第2章で述べられていることであるが,兵庫県南部地震の北方,即ち有馬−高槻構造線の北側にもS波反射面が見つかっている.筆者は,この面上でのすべり運動が,兵庫県南部地震を励起したと考えている.これらの2章において,高温で延性的性質を持つ地殻下部に 存在する反射面での運動が,内陸地震発生の鍵を握っているという考えが生まれたのである.

 第3章からは,内陸地震発生域への応力集中のプロセスへと話が進展して行く.第3章では,この問題を,沈みこむプレートと内陸側のプレートの相互運動の観点から,直感的に解説している(regional stress model).プレートを単純な弾性体として運動させた場合,プレート境界から離れた内陸域への応力集中を説明することは難しい.この枠組みでマントルの粘性,プレートが有限の大きさを持つこと,或いはプレート境界の摩擦力の効果を考えた場合でも,プレート境界から離れた内陸域への応力集中を十分に説明することはできない.第4章は,筆者も述べているように本書の"key word"である下部地殻の解説に当てられている.ここでは,小林洋二氏の研究成果を紹介しつつ下部地殻の延性的性質及びその強度が説明されている.ここで強調されていることは,下部地殻はマントルより硬いということである.その根拠としてチベットの地殻構造におけるアイソスタシー,ダムの貯水による変動から求めた地殻の粘性構造を挙げ,下部地殻の粘性率が上部マントルに比べて大きいことを示している.続く第5章は,下部地殻の局所的不均質構造について説明されている.GPS観測によれば,新潟から神戸にかけての帯状域において歪速度が周辺に較べて大きいことがわかった.この原因として,著者らは沈みこむプレートから脱水された水が下部地殻に達し,そこが弱化して歪集中を起こすと考えた.つまり,下部地殻は均質ではなく,局所的な弱化域(weak zone)があるのである.この弱化の原因となる水は,weak zone全体に渡って分布しているわけではなく,むしろ複数の延性剪断帯に局在している可能性が高い.この章の最後に,新しい岩石実験に基づいた地殻の強度プロファイルを載せている.第4章で述べられているように,下部地殻の強度は以前のものに較べて遙かに大きい(強い).

 これまでの章で述べてきた知見をもとに,第6章では内陸地震の発生過程に関する定量的モデルを扱っている.下部地殻の中のweak zoneが応力集中の主要因となり得る.この章では,プレートの沈みこみと内陸側の地殻や断層をバネ・ダッシュポット・スライダーから構成されるシステムでモデル化した.内陸側にはweak zoneに対応したバネ・ダッシュポットも導入されている.応力境界条件のもとでこのシステムを駆動させたシミュレーションでは,プレート境界域と内陸域の相互作用の様子が示され,また実際のプレート境界地震と内陸地震の再来時間などがよく再現されている.

 第7章及び第8章では,最近発生した内陸地震について,上記のモデルの検証を行っている.近年の観測機器の高性能化によって稠密な余震観測が実施され,良質且つ大量のデータの取得が可能になった.第7章では2000年鳥取県西部地震及び西南日本で行われた広域地震観測を例にとり,特に地震のメカニズム解・応力テンソルインバージョンから,地震断層の強度推定と山陰・中国地方の応力場について説明されている.重要な結果は,中国地方から山陰地方に向けて,最大圧縮応力の向きが20−30度時計回りに回転していることであり,これが山陰地方で進行している深部すべりに起因するものであることがわかった.また,第8章では2004年新潟県中越地震が扱われており,精密余震分布から断層域直下に非常に強度の弱い部分が存在することがわかった.つまり,weak zoneの中に更に強度の弱い部分が存在する(階層構造を形成している)のである.

 以上,本書の内容をごく簡単に述べた.最初に述べたように全体として読みやすく,また色々なエピソードを織り交ぜて構成されており,一般読者や学生は内陸地震発生のメカニズムの概観を理解できるであろうし,地震の専門家は各章で述べられた筆者の着目点とその解釈について理解するだけでなく,自分の考え方と比較検討すればおもしろい.是非,一読されたい.

岩崎 貴哉(東京大学地震研究所教授)

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