近未来社
■内陸地震はなぜ起こるのか?
書評 (物理探査 第64巻第3号197-198 頁)

 京都大学防災研究所地震予知センターの飯尾能久教授の内陸地震に関する書籍が2009年に販売された。筆者と同じ生年であるにも拘らず,大学卒は1年早いことで,現役で京都大学を卒業されたことを知った。今を去る30年前,既に飯尾氏は日本地震学会で活躍されていたことを,思い出す。筆者が冷や汗と恥を同時にかきながら大学院生活を送っていた当時,飯尾氏は地震学会の講演プログラムでも明らかな,推しも推されぬ若手地震学者のホーブであった。お名前から,おそらく愛媛県のご出身ではないかと考えていた。当時日本で発売され,数多くの読者を引きつけた書籍に,ワトソンの「二重らせん」(ワトソン,1980)があった。米国からポスドクで渡英したワトソンが,クリックと出会い,今では誰でも知っているDNAの二重らせん構造を発見するまでの研究者の個人史が生き生きと描かれていたことを思い出す。あるいは,作家新田次郎氏のご子息である藤原正彦氏の「若き数学者のアメリカ」(藤原,1980)かもしれない。ワトソン氏および藤原氏の筆に共通するのは,色々な経験を積み上げながら新しい文化に触れていく生き様であり,「二重らせん」では更に人類史上の大発見に至る道筋にある。飯 尾氏の筆は,兵庫県南部地震当時からの地震学に関する氏の洞察力や仮説提唱の力の大いなる発展を窺わせる。

 1960年代の地震予知計画の黎明期,1976年の東海地震に関する研究発表(石橋,1976)からほぼ定まった地震予知政策という,我が国の自然災害に対する安全保障政策が大きな変貌を遂げるきっかけとなったのが1995年兵庫県南部地震であった。本書における飯尾氏の回顧も1995年1月17日朝の有感地震の発生に始まる。飯尾氏は,当日朝地震を感じるやいなや即座に飛び起き,S-P時間から震源位置を予測しようとしている。地震観測屋の性分で,地震を感じた瞬間にS-P時聞の測定,そして暫く後からやって来る表面波からラブ波・レイリー波を区別し,自分の位置から震央方位を推定してしまう傾向がある。飯尾氏にもその習性が出てしまったことを,本書から読み取ることができる。しかし,氏の場合はその後の対応が正に的確なのである。当時勤務していたつくばの防災科学技術研究所から遠く離れた京都の本宅に一時帰宅(1月17日は休み明けであった)していた氏は,勤務先に即座に連絡をとった後に,神戸に車を走らせ,その後の観測の準備に携わったのである。1986年伊豆大島の割れ目噴火の際には,カルデラ脇の御神火茶屋の公衆電話から,現名古屋大学の山岡耕春氏のかけた一本の電話が大学観 測グループ全体を安堵させたことが知られている。山岡氏は,電話での現場状況報告の後,とっさに自分の周りにいる研究者の名前を全て伝達したのである。こうしたとっさの判断がいかに大事であるかは,2011年東北太平洋沖地震の津波災害の際にも,明らかになったのではないだろうか。

 さて,飯尾氏は,1995年兵庫県南部地震発生の翌朝に,ほぼ徹夜明けの状態で,関西地方の水平ひずみ分布を思い出している。更に1984年長野県西部地震の震源近傍で見つかった地殼内部の強S波反射面,有馬−高槻構造線(ATTL)の北側に広がるS波反射面等も思い出し,「水平断層仮説」の着想に至っている。この仮説は,実は内陸地震の発生機構に繋がる重要な説であると筆者は認識している。同時に,2005年に安芸敬一氏が逝去される前に提唱されていた説「Ductile-Brittle Hypothesis(延性-脆性破壊仮説)」(Aki,2004)に通じる説であると考えられるからである。実際に本書中には,安芸氏の亡くなられる前,飯尾氏と安芸氏の議論が非常に弾んだことが記載されている,誰にでも優しい性格から飯尾氏は,本書中の至る所で専門用語の解説を加えるだけでなく,ご自身の水平断層仮説および地震学に関する基礎的な事項について概説されている。そして,その水平断層仮説から,内陸地震の発生過程を説明可能な「脆性-塑性相互作用モデル」への議論を深めている。但し,本書は,決して読んでいて眠くなるような専門書ではなく,飯尾氏のエッセイを地震学の基礎知識で飾る構成となっている。非常に興味深い書である。また先のワトソン氏や藤原氏の書と同様に,学者が地震の経験を生き生きと伝えようとする内容の書であり,地震学の知識を持たない誰でも楽しんで読み終えることができると断言する。地震考古学の寒川旭氏が非常に地質学的な根拠に基づき論理の階層を高めて行く,時には文科系を思わせる文章での記述を得意とされている(例えば,寒川(2010))ことと対照的に,飯尾氏の文章は観測事実や計算結果という横糸をご自身の論理的且つ主観的な洞察とい う縦糸で紡ぐ典型的な理科系人間の筆によるものであると考えることもできる。

 1995年兵庫県南部地震は,ともすると過去の1595年慶長伏見地震の活動がATTL沿いに発生したとする地震考古学的な発展にばかり繋がったかの印象を受けるが,実は地球物理学および地震学にとり重要な知見をもたらしているのである。1995年に開始された国の地震調査研究は我が国の測地・地震観測網を飛躍的に発展させ,日々新たな知見をもたらしてくれる上,飯尾氏の水平断層仮説のような,将来的な詳細検証を待つばかりの科学的仮説をも産み出しているのである。現在では,中央構造線(MTL)も有馬−高槻構造線(ATTL)も,北側に傾く地震反射面に繋がる不連続線が地表に現れている構造線であることも知られており,飯尾氏の仮説の検証がそう遠くない時期に達成されると信じたい。

 著者は,飯尾氏を長く存じ上げていたにも拘らず,直接ご本人にお会いしたのは,2001年当時産業技術総合研究所の伊藤久男氏(現(独)海洋研究開発機構)の開催した地震観測に関する研究集会の場であった。つくば市の会議場で,スタンフォード大学のMark Zoback教授,米国地質調査所のBill Elsworth氏やSteve Hickman氏など,米国の研究者とともにサン・アンドレアス断層深部観測所(SAFOD;San Andreas Fault Observatory at Depth)に必要な観測について議論をした。飯尾氏が,当時勤務されていたのは旧総理府系の防災科学技術研究所であり京都大学から異勤されたことは理解していたが,本書により,なぜ飯尾氏が京都大学から防災科学技術研究所に勤務されていたという理由まで知ることになった。飯尾氏は,地震学研究のため,筑波に単身赴任されていたのである。地球科学・地球工学の研究者・技術者は,飯尾氏のような地震観測屋がどのように日々考え行動するかに触れることができるであろう。そして,飯尾氏の感覚が理学・工学の分野に共通する専門家の感覚と知ることになるだろう。本書は物理探査分野の研究者に,自分の携わる探査目的を明確に知る,という点で非常に有益である。是非,読者にお勧めしたい。

<引用文献>
Aki, K.(2004):A Perspective on the Engineering Application of Seismology, Proc. 7th SEGJ International Symposium(November 2004,Sendai), 1-8.
藤原正彦(1980):「若き数学者のアメリカ」,新潮社(新潮文庫,ISBN 978-4-101248011), 342ページ.
石橋克彦(1976):東海地方に予想される大地震の再検討−駿河湾大地震について−,目本地震学会講演予稿集,30-34.
寒川 旭(2010):「秀古を襲った大地震 地震考古学で戦国史を読む」,平凡社発行(ISBN 978-4-582-85504-3), 277pp・
ワトソン,ジェームズ(1980):「二重らせん−DNAの構造を発見した科学者の記録(江上不二夫・中村桂子訳)」,パシフィカ(ASIN: B000J88KIM), 261pp.

三ケ田 均(京都大学大学院工学研究科教授)

もどるホーム