近未来社
■地質のフィールド解析法
青野君の本を推薦する

 地質調査という仕事がある。野外を歩いて地質をしらべる仕事である。ずっと昔はある地域全体を歩いて地質図をつくるのが地質調査の目的のほとんどすべてだった。 明治時代にはそれは日本の近代化におおいに役だった。 今でも海外で地図もないようなところの調査をするときはそういう調査がまず第一に要請される。その影響を引きずっていたのか,大学の卒論などで地域を与え,そこを網羅的にしらべ,そこにどういう問題があるか考えろという教育をしていたこともあった。すくなくとも戦後すぐまではそういう風潮がまだ残っていた。

 学問が進んで,なんのために地質をしらべるのかという問題意識が強くなると,図幅調査以外はそんな牧歌的な調査をする人はなくなった。ある問題を解きたいと思ったら,そういう問題を解くのにいいところはどこか探してそこに出かけてゆくことになる。場所が決まっているのではなくて場所を決めるのである。さらに問題を解くのにどういう方法をとればいいか,言い換えればどういう調査をしたらいいかも考えることになる。今でもそうだが,地質調査法という本がいくとおりもあって,中には歩く道の選び方から,露頭の見方,ノートのとりかた,マップのつくりかたまで書いてあるものがある。地質調査マニュアルのようなものである。ルートマップ(典型的日本製英語)をつくって家に帰って地質図学にそって作図すると,いっぱしの地質図ができるかのように勘違いする人ができてもおかしくない。しかし地質の調査はそんなに簡単ではない。地質はそれこそ千差万別で行く先々で同じものなど出てこないので,マニュアルのとおりにやればなにかができるなどということはほとんどない。 いろんな調査のしかたがありえて,どういう方法をとるかということが問題なのだ。

 それではどうするかというと,露頭をじっくり見ることにつきる。ゆく先々でいちいちその露頭の意味を考えてゆくのである。簡単なところでは露頭ごとにそれがどっちに続くのか確かめるだとか,もう少し進めばその露頭が全体の地質構造の中のどういう位置にあるのかだとか,その構造ができたメカニズムはどんなものだったかなどなどを考えるのだ。ここでも型にはまった解決法などないといっても差し支えない。堆積学も構造地質学も岩石学も,もっている知識を総動員して,しかもある程度先を予想する能力も使って,考えながら歩かざるをえない。これはなかなか説明するのがむつかしくて,うまく説明してある本というのはそんなに多くないどころかまあないといってよいだろう。

 青野君はこの本で自分で調べたところを例としてあげて解決法を説明する,という賢明な方法をとった。これなら問題が何で,それを解決する方法はどうだったかの説明はうまくできる。なにしろ自分でやったことなのだから。彼があげた例は彼のこれまでの研究者生活の歴史をたどっているといっていい。学生時代に関東地方の葛生地域の地質構造発達を手始めに手がけたあと,いろいろなことに興味をもって研究を続けたらしいことがうかがえる。木曽川−古木曽川で礫の向きをしらべて流れの方向を推定したり,潮来の牛堀で地すべり体の断層系を解析したり,各務ケ原のチャートの褶曲の軸方向を推定したり,房総半島の第三系で地層の重なり方をマルコフ解析法を使って解析したりするのは,単に例をあげているのではなく,どうやって問題に肉薄したかを説明しているととらなければならない。どれもこれも野外科学の基本であるフィールドでの観察をベースにしている。本の題を「地質のフィールド解析法」とつけたのはそのつもりであろう。しかし,この本にとりあげてあるやり方をそのまままねても得るところは少ないだろう。問題のたてかたやその問題に立ち向かうときの考え方をこそ学 びとるべきだと思う。

 くれぐれも題にとらわれてマニュアル的な本を想像しないでもらいたい。それでは著者の意図とは遠くはなれてしまう。学問の進め方はどうしたらいいのかという読み方でこの本を読んでもらいたいと希望する。

平成22年10月 佐藤 正(深田地質研究所会長・筑波大学名誉教授)

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