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【書評】 |
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「第四紀研究」 65(1)37-38,2026年2月
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| 高橋 尚志(東北大学 災害科学研究所 災害評価・低減研究部門 助教) |
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2011年の東北地方太平洋沖地震によって発生した地震・津波災害,すなわち東日本大震災は,戦後の飛躍的な経済発展とともに構築されてきた現代の日本社会に対して,低頻度・巨大災害のリスクを再認識させる契機となった.震災から約15年が経過しようとしている2025年現在,日本社会はそのリスクを適切に評価し,正面から向き合っていると言えるだろうか.
約30年で1世代が交代し,寿命は長くても100年程度である人間にとって,自ら数千年に1回の頻度の巨大災害を想定して,具体的な対策を実施することは(飛躍的に寿命が延びたりしない限り)難しい.翻って102〜105年スケールでの地質現象を詳らかにする第四紀学は,人間の時間スケールを超えた低頻度かつ大規模なハザードを評価することが可能な稀有な学問領域であり,社会的な存在意義は本来もっと大きいはずである.
しかし,巨大地震のみならず,破局的噴火を含めた低頻度・大規模災害について,防災の分野での議論は多少あれども,具体的かつ効果的な対策に貢献した事例は皆無に等しい.これは「(低頻度・大規模災害が)起きたら助からないだろう」という諦念に加え,災害の実態や規模が現実離れしすぎていて想像しづらく,「どのように評価・対策すればよいとのかわからない」という点に理由があろう.想定される災害に見合った労力や金銭を予め投資する,すなわち,費用対効果の勘定を考慮する事前防災の枠組みでは,低頻度・巨大災害,すなわち想定外の地質学的イベントを対象としにくい.そもそも,人間社会側が,どのくらいの被害が出るのか正確かつ十分な評価をできていないのではなかろうか.
こうした課題を克服するためには,純粋地質学に限らず,考古学や歴史学,工学や社会科学などといった様々な分野が連携し,風通し良く議論できるようにする必要がある.また,地質学的な知見やデータが,災害科学の関連分野に参照可能な形で,かつ詳細な災害被害の評価に耐えうる解像度で提供されることが有用であろう.本書は,このような地形学・地質学と周辺分野の隔たりを埋め,より横断的な学問分野へと拡張することを試みており,火山噴火や地震,津波といった島弧特有のハザードの実態をより正確にとらえ,どのように低頻度・巨大災害を評価していくか,一歩踏み込んだ回答を示したチャレンジングな一書である.
本書の筆頭著者である奥野 充氏は「国際火山噴火史情報研究集会(EHAI)」という,原則年2回開催されている研究集会の主宰者である.本書の著者らの多くは,この研究集会に参加している研究者らであり,その専門分野は,火山学やテフロクロノロジーを中心に,第四紀学や古環境学,地質情報学,考古学など多岐にわたっている.
著者らが掲げる「島嶼環境史学」とは,島嶼における自然環境景観の成り立ちを,地質現象から人間活動に至るまで含めて,多角的かつ様々な時間スケールで理解し,ひいては低頻度・巨大災害を適切に評価しようとする革新的な視点の学問である.現在我々が日本列島で見ている地形景観の多くは,その成立・発達に低頻度・巨大災害(ハザード)になりうる地質現象が大きく寄与してきた.巨大地震と津波,破局的噴火などは低頻度にもかかわらず,我々を取り巻く自然環境の成立を理解する上で無視できない現象である.このような当たり前でいて,非常に重要な視点を本書は改めて認識させてくれる.
本書は大きく4章から構成されており,第T章「低頻度・巨大災害:火山噴火と津波,活断層」では,第四紀ないし近年日本列島で発生した中〜大規模の火山噴火や活断層地震のハザードについて紹介している.都市近傍の火山形成史からカルデラ噴火,アカホヤ津波,漂着軽石,活断層地震と地震性斜面崩壊,と多岐にわたる巨大災害の地震・火山のハザードについて,最近10年以内の研究成果が非常に詳しく解説されており,レビュー文献としての価値が非常に高い.いずれの節も,ハザード現象そのものにフォーカスしつつも,社会的な影響にも触れており,理学的な研究のみにとどまらないハザードの実態把握を目指す著者らの領域横断的な姿勢が垣間見える.
第U章「島嶼環境史学からみる人間活動と生物多様性」では,巨大噴火や津波が生態系や人間社会に与えた影響について,古環境や生態学などの研究者らによる研究成果が紹介されており,領域横断性の高い本書の要となる章である.様々なプロキシに記録されている,あるいは東日本大震災などで観察された,生態系や人間社会が災害から影響を受けつつも回復していく様は,将来の我々の社会の災害レジリエンスを構築するうえで非常に参考になる知見だろう.
第V章「島嶼環境史学における新たなアプローチ」では,古環境記録の保存が良い湖沼堆積物に対するいくつかの最新の研究アプローチが紹介されている.本書で紹介されている最新のアプローチは,年縞,環境DNA,元素マッピング,レーザー分光,14C年代の較正,である.水月湖の年縞堆積物を筆頭として,各地の湖沼堆積物のポテンシャルに注目が集まっており,これらの分析方法による詳細な古環境・古景観の復元は,島嶼における新たな自然史観を構築する上で重要なエビデンスを提供するであろう.
第W章「防災・減災に向けた地質情報学」では,産総研の火山データベースやWebGISなどの取り組みが紹介され,地質・災害の情報のオープン化について論じられている.昨今,データサイエンスが隆盛を極めつつあるが,地質学者らが足で稼いだデータを眠らせず,ひろく活用可能な形式で公開することは,災害科学の発展にも大きく直結するだろう.
加えて,本書には,2024年能登半島地震と2025年ミャンマー地震に関する補遺が付されている.おそらく本書の執筆・編集中にこれらのハザードが発生し,急遽追加したのであろう.速報的ではあるものの,上記2つの地震に関する報文を,本書に間に合わせた本章著者の筆の速さには感服させられる.本書の主旨にも合致した,ごく最近のハザードに関する補遺が収録されているところを見ると,島嶼地域の景観変動が現在進行形で進んでいることを改めて実感させられる.
上記のように,本書は地形学・第四紀地質学を中心としながらも,周辺分野の研究者らと連携しながら,島嶼のハザードと環境史について詳らかにしようとしている.強いて指摘すべき点があるとすれば,以下の3点であろうか.
1つ目は,各章の内容的なつながりが若干薄いと感じられた点である.本書は多岐にわたる研究者が執筆に加わっているが,互いの章の結びつきがもう少しあった方が領域同士の融合性が進むのではと感じられた.例えば,V章で紹介されている最新の年代決定や古環境推定の手法を使用すると,T章やU章で紹介されている地質ハザードの年代や実態が,具体的にどれだけ詳しく解明可能になる(と期待される)か,といった点などである.総説的な内容はプロローグ・エピローグで記述されているが,様々な分野の研究者たちが「サラダボウル」ではなく「るつぼ坩堝」的に協働できれば,島嶼環境史の実態の解明がさらに進むだろう.
2つ目は,「島弧」環境史学の方が適切ではないかと思われる点である.一般的には「島嶼」とは,単に「島」を指す語句であるため,必ずしも著者らが想定するような「第四紀に劇的な災害や環境変遷を経験してきた,海に囲まれた陸地」のみを指すわけではない.日本列島をはじめとする環太平洋地域などを想定しているのであれば,「"島弧"環境史学」と呼んだほうがより適切ではなかろうか.もしくは「"変動帯"環境史学」と呼んでもよいかもしれない.
3つ目は図表の解像度である.特に第T章などにフルカラーで貴重な露頭の写真やデータが記載されているが,一部の写真や図の解像度がやや低く必ずしも視認性に優れるわけではないため,ややもったいなく感じた.校正上の問題ともいえるが,本書は最近の研究成果を整理した総説としての価値も高いので,今後重版・改訂時に改善されることが望まれる.
ところで,日本列島の山地地形の形成と発達を説明する上では,古典的なDavisのモデルよりもPenckなどによる動的なモデルが比較的適合したように,島弧や湿潤変動帯独特の地形景観や地質構造の発達を説明する新しいモデルや理論の体系が登場してもよいと思われる.激しい地殻変動と侵食,地震・津波・火山噴火などの低頻度・巨大災害などによって形作られる島弧独特の複雑な地形・地質の発達過程を説明するには,安定した大陸地域ばかりを想定して考案されたものとは異なるモデルや理論の提案が必要であろう.明治〜大正時代における日本の近代科学の黎明期には,地形学を含めた多くの学問分野が,欧米のモデルや理論を輸入・演繹しながら発展してきた歴史を持つ.しかし,低頻度・巨大災害の影響下に晒されながらも,それらと共生することで構築されてきた島弧地域の自然環境の成立と発達は,従来の伝統的なモデルでは説明できない点もある.島弧地域の景観を説明する新たなモデルないし学問分野が創成されることで,地形・地質学全体の視野の幅にも広がりが生まれるはずである.「島嶼環境史学」は島弧地域発の新たな自然科学分野であり,本書はその萌芽期の成果をまとめた一里塚であると評者は捉えている. |

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