自然科学書出版  近未来社
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高レベル放射性廃棄物処分場の立地選定
−地質的不確実性の事前回避−

まえがき

 本書は私個人の責任で書いた著作であり,私が理事長を務めている公益財団法人深田地質研究所の総意を著したものではない.ただ,このような書を世に出すことは,公益にかなうこと,と信じている.ちょっと前にしばしば耳にしたものの,最近その頻度が下がったように感じるのが高レベル放射性廃棄物(High-Level Radioactive Waste, HLW)という言葉である.この用語は本書で繰り返し登場するため,HLWという略語を使用することにする.これは,原子力発電所から出る使用済み核燃料を再処理して,有用なウランやプルトニウムを取り出した後に残った放射能の高い廃液を高温のガラスと溶かし合わせてキャニスタと呼ばれるステンレス製の容器(直径約40cm,高さ約130cm)に入れて,冷やして固めたもの(ガラス固化体)である.ガラス固化体は,最初,強い放射能を持ち,表面温度200℃を超えるため,専用施設で30〜50年間冷却貯蔵され,その後地中に処分される.そして, HLWの放射能レベルが十分低くなるまで,万年オーダーにわたって人間界から隔離する必要がある.HLWは,原子力利用をしている国々では,いずれも地中に処分することになっており,地層処分と呼ばれている.地層という言葉は,砂や泥が堆積して層になった堆積物や堆積岩について用いられるのであるが,堆積物ではない花崗岩なども包含するものとして使用されている.英語ではGeological disposalなので,訳せば地質学的処分,あるいは地質処分,となるのであろうが,地層処分という言葉が定着している.本書ではHLWの最終処分は地層処分として考え,地層処分以外の選択肢はないこととして記述する.処分というのは,一旦そこに入れたならば,その後は一切管理しない,という意味である.もっとも万年オーダーにわたる管理は不可能でもある.HLWの地層処分が実際に実現に向かっているのは,フィンランドとスウェーデンのみであり,他のいずれの国もまだ具体化の見通しはたっていない.さらに,わが国は,原子力発電を大きく推進してきた国の中では唯一といっても良いほど地殻変動の激しい国であり,そこで地層処分ができるかどうか,世界が注目している.
 HLW地層処分に代わって,使用済み燃料そのものを処分するというケースもあり,わが国でもその選択肢をとることもありうるが,いずれにしても地層処分になることに変わりはなく,ほぼ,本書でいうHLWを使用済み燃料と読み替えれば良いと思う.ただし,処理してない燃料だけに,体積はガラス固化体よりも大きく,処分場のサイズもそれに応じて大きくなる.  本書のタイトルは,高レベル放射性廃棄物処分場の「立地選定」とし,「処分場選定」とはあえてしなかった.立地選定は,あるものを立地するのに適した場所を選ぶ,という意味があり,単に「処分場選定」あるいは「処分場候補地選定」とするよりも適切だと思ったからである.

薄れる2011年東日本大震災の教訓

 2011年東日本大震災の直後にすべての原子力発電所を停止し,その後,厳しい審査を通った原子力発電所を再稼働するにしても,原子力発電への依存を減らしていくことが国の方針となった.太陽光や風力,地熱などの自然エネルギーが原子力にとって代われるという声も高くなった.にもかかわらず,二酸化炭素排出量削減やエネルギー危機が叫ばれ,再び原子力発電所の利活用が前面に出てきて,発電所の安全性以外の最重要問題とも言ってよいHLW地層処分問題の影が薄れてきつつある.「HLW地層処分」に関しては,地震直後に自然の不確実性を十分に考慮すべきだ,ということが声高く指摘されたが,それは一過性のものになってしまったようである.東日本大震災以前に進められてきた研究開発が再びそのまま延長されているようにも見える.HLW地層処分は万年オーダーのことを考えるのであるから,不確実性の重要さは原子力発電所よりもはるかに大きい.
 2022年12月には経済産業省は,次世代型の原子炉への建て替えや,原子力発電所の運転期間の実質的な延長などを盛り込んだ「行動指針」をまとめた.政治家を初めとして原子力推進派の人たちは,高レベル放射性廃棄物のことをずっと先送りしてきた重要問題なのに,「誰かが何とかしてくれる.我が国では優れた科学者たちが実現してくれる」と思っているようにさえ見える.最も難関の処分場立地選定は近年順調に進みだしたように見えるが,実際にはそんなに楽天的なことではない.これが本書の主題である.HLW地層処分の研究開発は一見着実に進められてきた.しかしながら,一方で,難しい問題は先送りされてきた,ともいえる.不都合な真実は表に出ないまま沈殿してきた.私は,本書でそれをあぶりだしたいと思う.
 東日本大震災の原発事故が一瞬にして不可逆的に生活を破壊し,国が滅びかねないところを西風によって救われたこと,そして,11年経った今でも耐えがたい生活を送っている人が多くいること,これは事実である.そして,その時に科学神話が崩れたことも同様である.原子力発電関係者だけでなく,HLW地層処分を進めようとする人たちは,このことを決して忘れてはいけない.ちょうど東日本大震災が起こった時の前後にかけて原子力発電環境整備機構(NUMO)の2010年包括的報告書のレビュー版が日本原子力学会のレビューを受けており,自然の不確実な事象への対応が重要であると指摘され,厳しいレビュー意見がならんだ.しかしながら,その10年後にやはりNUMOから出された2020年度レポートには,このことについての記述を見つけることができなかった.不都合な不確実性に背を向けたようにさえ見える.
(以下、略)

 2023年 5月

著  者