自然科学書出版  近未来社
since 1992
 
甦る断層 −テクトニクスと地震の予知−

本書の発刊によせて
1993年6月
 上田 誠也
(東京大学名誉教授・東海大学教授・テキサスA&M大学教授)

 自然科学研究者にとっての最大の喜びは、なにか新しい貢献をなしえた時の満足感であろう。新しい事実を発見したり、自分の頭で考えた新しいことが正しいとわかったときの嬉しさだ。この喜びはすべての研究者にとっての生き甲斐だが、本書の著者、金折裕司さんはこの喜びをふんだんに味わってきた人のように思われる。

 これは“断層”についての限りなく専門書に近い一般向けの本(著者自身の言葉)である。序章において、地震が断層運動であること、日本は地震国でありながら最近数十年は大被害地震にみまわれていない不気味さなどを語り、読者の興味をそそる。第1章はプレートテクトニクス的見地から日本列島、特に中部日本を論ずる。活断層群によって中部日本が数ケの短冊状のブロックにわかれ、断層活動によってそのおのおのが時計廻りに回転していること、そしてそれらブロックのあるものについては著者等のいう“入れ子断層”モデルが成り立っていることなどが示される。日本列島折れまがりと日本海の誕生、花こう岩体の貫入などについての傾聴すべき見解も含まれている。いわばマクロにみた断層論だ。これに対し、第2章、第3章は露頭スケールにいたる断層の実体論だが、ここでも著者の広範なフィールドワーク、ユニークな発想、エピソードなどが読者を飽きさせない。

 第4章、第5章ではまたスケールをマクロにもどして“地震”を論ずる。まず、第4章では、内陸直下型地震はマイクロプレートの境界でおこるという基礎概念にもとずいて、中部日本の各マイクロプレート境界での地震活動の時間的サイクルが明らかにされる。これはhard coreプレートテクトニクスだ。第5章は最大の挑戦の章“地震予知に迫る”である。中部日本の諸マイクロプレート境界の活動が連動するというモデルにもとずいて、かなり具体的な地震リスクマップが提案されている。現在までのところ、やや五里霧中ともみえる内陸直下型地震活動についての、検討に値する提言として関係者の注目を喚起したいところである。

 私は断層はもちろんのこと、地震予知の専門家でもない。近年地震予知には関心はもっているが、それはある特殊な観点からのものに過ぎない。また、金折さんは私にとって学校の後輩でもなければ、いわゆる弟子のひとりでもない。彼はかつて私の名古屋大学でのテクトニクスの集中講義を受講したとおっしゃるが、講義をした側はもとよりそれを記憶してはいない。そのうえ、“巻頭文”とは一体どんなものかと手元のいくつかの本を調べてみたが、そのようなものはみつからなかった。どうやら、これはかなり異例のことを引き受けたと気づいたが遅きに失した。

 しかし、お目にかかってゆっくりお話をしたこともない金折さんからのご依頼をあっさりお引き受けしたのには、理由がなかったわけではない。彼が2〜3年前から学術誌に発表されてきた中部日本の入れ子断層モデルにすっかり魅了されていたのだ。これぞ古地磁気学と地質構造をつなぐkeyのひとつだと思ったので、何回かの文通と電話でいろいろ教えを乞うたのだが、その都度感銘を受け、それらの内容はわたし自身の論文にも引用させて頂いた。本書第3章のJudd教授の心境もこうだったのだろうか。

 本書のゲラ刷りを読ませて頂いて、金折さんのお仕事のなみなみならぬ広がりと深さを知り、私の尊敬が誤っていなかったことが確かめられた気がする。おそらく金折さんは現代の最もすぐれた地球科学者のひとりであり、さらに大成することだろう。彼の着想は独創的で、手法は斬新だが、本書でみるとそれらの多くは内外のすぐれたひとびとの仕事のうえに“乗って”いることがよくわかる。“問題を四六時中考えていろ”とは私の学生に対する口癖なのだが、きっと金折さんはそういうひとで、しかもその間中、目と心を大きく開いて外界からの有用かもしれないinputを素直に吸収するのではないか。この意味でも本書は若い研究者にとって、非常に教育的だと思われる。

 なにか見当はずれのお仕事を引き受けてしまったように思ったが、このすぐれた著作の推薦文を記す機会を得たことは私のおおきな喜びである。