自然科学書出版  近未来社
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崩壊の場所 −大規模崩壊の発生場所予測−

まえがき

 本書は,前著『群発する崩壊−花崗岩と火砕流』の姉妹編である。前著が小規模な崩壊を対象にしたのに対して,本書では大規模な崩壊を対象にする。また,前著では学生たちの新鮮な目の助けを大いに借りて書いたが,今回は再び『風化と崩壊』と同様に,大部分私自身の体験をもとに書いた。扱う対象と内容は,1章をのぞいて,すべて私が実際に調査を行ったものである。本来,その他の様々な研究も引用して一般的な議論をしなければならないのかもしれないが,本書はあくまでも私の研究者としての内面と主観を綴ったものであるので,この点,ご了解いただき,また,ご容赦いただきたい。その代わり,私自身の研究者としての考えかたや心の動きも感じていただければ幸いである。また,本書にある学術的な面の多くは論文や報告書に掲載済みなので,詳しいことや関連文献を知りたい方はそちらを参照いただきたい。なお,登場人物はすべて「さん」あるいは「君」づけで記述させていただいたことをお断りしておく。失礼の段,お許しいただきたい。

 斜面崩壊による災害は痛ましい。2004年には史上最多の10個の上陸台風によって三重県,京都府,兵庫県,岡山県,香川県,愛媛県,徳島県にわたる広い地域に斜面崩壊と土石流,洪水による災害が発生した。そして,10月21日の台風23号で台風の来襲も終わり,と思った2日後に今度は新潟県中越地震が発生して,都市近郊の山間地が目を覆うばかりに傷つけられた。まさに2004年はわが国が多雨,多地震の災害列島であることを再認識させた年であった。さらに,2005年9月6日には九州と山口県が台風14号の襲来を受け,23人の命が失われた。このうち22人が土砂災害による。そして,その直後の10月8日にはパキスタンで大地震が発生し,9万人以上の死者が発生し,その内2万6千人以上が土砂災害による犠牲者と言われている。また,大規模な崩壊によって土砂ダムが形成され,その決壊が懸念されている。その余韻も去らないうちに,今度は2006年2月17日にはフィリピンで大崩壊が発生し,死者行方不明者は約2,000人に達している。日本は,これらの災害に先立つ1998年に福島県南部豪雨災害を,また,その翌年の1999年に広島県豪雨災害を経験し,土砂災害はハード対策によるだけでは食い止めら れないことを再認識し,2001年に土砂災害防止法を施行し,それに基づく作業を進めていた最中であった。

 このような災害に対して我々は何をなすべきか。必要なのは,崩壊が発生する場所,そのタイプと規模,移動範囲,破壊力を予測して,それに基づいて対策を講ずること,また,危険が迫ったことを予知し,警戒避難体制をとることである。当然そのために数多くの人が取り組み,数多くの研究がなされてきた。それでも,その手法はまだ確立していない。頑張り方が足りないのか? 私はそうは思わない。長年の取り組みにもかかわらず実現していないことがらに対しては,基本的な見方考え方を変えてみる必要がある。そして,そこに地質家がしなくてはいけない仕事があるのだと私は思う。もちろんこの地質家の意味は狭量な地質家の意味ではなく,地形家ももちろん含んでいる。むしろ,地形家の方に出番があるのかもしれない。でも,これも地形の中身を知っている地形家である。

 崩壊には様々な規模のものがあり,それに応じて調査や評価などの考え方を変える必要があるし,また,それが可能であると,私は考えている。小規模なものは,多数起こったとしても,一つ一つの破壊力は小さく,それらから人命を守ることは相対的には容易であろう。一方,大規模なものは少数しか発生しないにしても,大きな破壊力をもっており,それから人命を守ることはより困難である。小規模なものは発生する場所を特定できなくても,予め対策を講じることが可能であるが,大規模なものは,発生場所が特定できなければ,それによる被害を食い止めることはできない。私は,前著『群発する崩壊』で,小規模ではあるが数多く発生する崩壊について述べた。そして,これらの発生する場所を広域の中から特定することは困難であるが,岩石の風化帯構造の一般性から,ある程度広い範囲での危険度を評価することが可能であるし,また,実際的であると述べた。いわば,小規模なものについては,発生場所の特定をあきらめた。しかしながら,もっと規模の大きなものについては,過去の貴重な経験を解読するうちに発生場所を予測することが可能かつ適切であることがわかってきた。すなわ ち,大規模な崩壊は,起こるべき構造的原因をもっていること,また,発生前にわずかに変形した岩盤が崩壊する場合が多く,その変形が地形的に読み取れるらしいことがわかってきた。これが本書の主題である。

 本書では,深く,大規模な崩壊および急激な動きの地すべりを対象として,その発生場所予測に迫ることにする。ここで,「崩壊」は斜面の移動物質が急速に移動して途中で分解し,また,発生源から大部分移動してしまう現象を指し,「地すべり」は移動物質がすべり面の上を塊としてすべり,移動後も塊の状態を保っているような現象を指すことにする。そのため,両者は必ずしも明確に分かれない場合もある。地すべりも移動地塊が移動途中で分解して崩壊に移り変わり,広い範囲に被害を与えることはしばしば見られることである。これはしばしば崩壊性地すべり(あるいは地すべり性崩壊)と呼ばれる。本書で対象とする「崩壊」は,このような崩壊と崩壊性地すべり,および急速な動きの地すべりを包含したものである。ここでは,おおよそ10万m
3以上の体積のものを大規模と考えて述べていく。言い換えると,100m×100m×10m程度以上のものを大規模と一応考える。なお,1980年のSt. Helens火山の崩壊がそうであったように,火山体は本書で述べるものよりもはるかに巨大なスケールで崩壊することがあるが,それらはたいていの場合火山活動と密接に関係している。本書ではこのような崩壊は対象としない。私は,前著『風化と崩壊』や今までの論文において,「連続的なすべり面が形成されずに岩盤が徐々に変形する現象」を岩盤クリープと呼んだ。しかしながら,連続的なすべり面が形成されているか否かは斜面の内部を徹底的に調査して初めてわかることである。そのため,本書では,明瞭な地すべり以外の山体や斜面の重力による変形は,単に「山体変形」や「斜面変形」,「重力変形」と呼ぶことにしたい。また,小さな露頭で,造構運動によって形成されたものではない構造は非造構性(ノンテクトニック)の構造と呼ぶことにする。

 本書の目的は,実際に発生した崩壊について,その発生した場所の地質的特徴と発生前の地形的特徴を調べ,その発生場所があらかじめ予測できるものであったかどうか,しかも手間と時間と費用のかかる方法を使わずに予測できるものであったかどうか,を考えていくことにある。過去に活動した痕跡が良く認められる地すべりについては,独立行政法人防災科学技術研究所の清水文健さんや大八木規夫さん,井口隆さんたちが「地すべり分布図」を刊行し,それらの分布を詳細に示している(第1章参照)。そして,実際,過去10年の間に,1997年秋田県澄川の地すべり,2005年羽咋市の地すべり(関西電力送電鉄塔の倒壊),および2005年新潟県中越地震時の多くの地すべりが,これらの「地すべり分布図」に示されていたものの再活動として発生した。しかしながら,「地すべり分布図」に示された地すべりがすべて近い将来活動する地すべりではないし,また,急激な動きを伴うとも限らない。動きが緩慢であれば,被害を小さくすることができる。では,どのような地すべりが急激な動きを伴って再活動するのであろうか。また,同図に示されていなかった崩壊性の「地すべり」も多く発生してい るが,それらはどのようなものであったのだろうか。例えば,後述の宮川村で発生したもの,西条,水俣,耳川流域で発生した大規模な崩壊の多くも「地すべり分布図」には多分示されないような斜面で発生している。では,それらの特徴はどのようなものであったのだろうか。本書ではこれらのことを考えていこう。

 私は,本書をほとんどボーリング調査データなしで書いた。読者の中には,よく調べもしないで地面の中を「適当に」推定しているだけだ,という印象を持たれる方もいるかも知れないが,私にしてみれば,「適切に」推定したつもりである。本書で扱った大規模崩壊では,おそらく半分以上で発生後にボーリング調査が実施された,あるいはされつつあるはずである。本来,これらのデータも拝借して書くべきなのかも知れないが,私の目的としている程度の精度ならば,これらのデータなしでも,十分に議論に足るデータが取得できたと考えている。崩壊地のあるもの−例えば台湾の草嶺,九分二山,水俣,宮川村の里中,中越地震の東竹沢等―では,すべり面が広い範囲で露出していたし,これら以外でも,たいていの場合,局所的な崩壊地内の露頭や周囲の地質構造から,かなりの確度で崩壊地の地質構造を推定できるのである。実際のボーリング調査や物理探査に携わられた地質技術者の方々には,ご意見をお寄せくださることを期待している。

 第1章では,崩壊を引き起こす雨の降り方と地震の強さ,空中写真や衛星写真の見方,そして,これらを含む関連資料のインターネットを通じての入手の仕方について簡単にまとめる。この章は,読み飛ばしていただいて,必要に応じて戻って読んでいただいても,全体の理解には全く差し支えない。従来,この種の本は筆者から読者への一方通行で情報を提供していたのであるが,今は違う。読者は本を片手にして,机の上にパソコンを置いてインターネットに接続し,本にあることで疑問に思ったことを調べたり,筆者が言っていることを「本当か?」と思って裏づけ資料をとったりすることができるのである。この章で,読者に雨や地震のことも一応頭に入れて,また,空中写真,衛星画像,地形図,地質図といった「武器」を机の前のパソコンからたどれる状態にしていただき,第2章から実際に大規模な崩壊の発生した色々な場所を見るのに備えていただくことにする。

 第2章から第4章までは,豪雨によって立て続けに発生した崩壊について述べる。第2章では,2003年7月20日に火山岩地域に発生し,15名の命を奪った熊本県水俣の崩壊・土石流と鹿児島県菱刈町の崩壊について述べ,それらの原因が特有の水理地質構造−水の浸透を支配する地質構造−にあったことを示す。第3章では,2004年9月29日の台風21号によって三重県宮川村の古い堆積岩地域に発生し,斜面直下の住宅を襲った崩壊などについて述べる。そして,第4章では,降雨で発生した中では近年最大規模の崩壊として,2005年9月6日の台風14号の雨によって宮崎県で発生した崩壊について述べる。特に,宮崎県北部の耳川沿いに発生した複数の大規模崩壊について述べ,さらに,その原因が地質時代からの長期的な地形形成過程に大きく関係していたことを示す。

 第5章では,降雨によって発生する大規模な崩壊の場所について,第2章から第4章で述べたことを中心に取りまとめる。
 第6章から第8章では,地震によって発生した崩壊について述べる。第6章で近年の地震では最大級の土砂災害を引き起こした1999年9月21日の台湾集集地震について述べる。この地震を発生した断層は地下深くで緩傾斜になる逆断層であった。そして,第7章で,我が国有数の地すべり地帯・豪雪地帯に発生して中山間地に甚大な被害を与えた2004年10月23日の新潟県中越地震について述べ,大規模な地すべりの多くが地すべりの独特な再活動であったことを示す。この時には多くの強い余震が発生し,それは複雑な組み合わせの断層が活動したためであると考えられている。次に,第8章で,それからほぼ1年後の2005年10月8日に急峻な山国を震撼させたパキスタン北部地震による崩壊について述べる。この地震は横ずれの成分を持つ逆断層が活動して発生し,斜面崩壊はこの断層に沿う石灰岩などの硬質な岩石分布地に集中していた。
 第9章では,地震で発生する大規模な崩壊の場所について,第6章から8章で述べたことを中心に取りまとめる。ここまでの様々な事例を通じて,読者には微細な地形の重要さについて理解していただけるものと思う。
 最終章の第10章では,このような微細な地形を広範囲に,しかも植生を透かして計測できる革命的な新技術−航空レーザースキャナ−について述べる。

 本書の各章では,それぞれの内容に応じていろいろ寄り道することになるが,本書の全体を通じての主題は「崩壊の場所」である。そのことを頭において読んでいただけば,かなり読み飛ばしていただけるものと思う。それでは,崩壊の場所を見つけに出かけよう。

 2007年8月
著 者