自然科学書出版  近未来社
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地震の化石 −シュードタキライトの形成と保存−

日本語版への序文

 内陸大地震のほとんどは既存の大断層が繰り返し動いて発生することがよく知られています。2008年発生した中国四川大地震と岩手・宮城地震がこのような既存の活断層により引き起こされたものです。大地震が起こると,岩盤の破壊面(震源断層面)は地表地震断層として地表にまで「顔」を出すことがあり,私たちは地表で直接震源断層の「顔」の一部を観察することができます。しかし,地震時に地下深部の震源で何が起きているのかを直接覗くことはできません。このような震源断層の「顔」に関する一つの代わりの情報源として,断層帯で形成された断層岩や断層に関連する岩石による直接記録がなされています。最近数十年,地震断層の破壊メカニズムの研究において,伝統的な地震学の手法に加えて地震時に震源断層で形成された断層物質(断層岩)の研究が重要視されるようになってきています。特に,断層帯における地震発生の証拠としての「シュードタキライト」が注目されています。

 本書のターゲットである「シュードタキライト」は,地下浅部の脆性破壊−深部の塑性変形領域で,大地震時に急激な断層運動に伴う摩擦によるメルトまたは超細粒の物質が形成され,それが断層破断面に貫入して形成された脈状またはネットワーク状に産出する断層岩です。この岩石が震源断層の深部で形成され,その後の地殻隆起・削剥を経て現在地表に露出します。つまりシュードタキライトは,断層がかつての地震性の断層運動を示す唯一の震源断層岩です。従って,シュードタキライトおよびそれと関連する断層岩を調べれば,地震時に震源断層帯内部でどのような破壊変形が起こっているのかを知ることができます。本書にもレビューしたように,シュードタキライトは地震の「化石」であるという結論に至るまでには,過去一世紀に亘ってその成因についての論争が繰り返されてきました。

 私のシュードタキライトの研究を始めた契機は修士論文の研究フィールドであり,伊那谷南部の飯田−松川断層沿いに黒い脈状のもの(粉砕起源のシュードタキライト)を発見したことによるもので,それはその後の私の博士論文の研究内容にもなりました。修士論文研究以来今日まで,私はシュードタキライトおよびそれに関連する地震断層岩の研究を続けてきました。本書は,主に私の博士論文とその後の科学研究費で行った研究の成果をまとめた英文著書『Fossil Earthquakes:the Formation and Preservation of Pseudotachylytes』(Springer, 2008,348p)の日本語版です。本書には,多くの日本の研究例を引用しており,また,日頃多くの日本の研究者に研究内容について議論して頂きました。よって,日本語版の刊行に当たっては,私にとってこれにまさる喜びはありません。日本語版の翻訳出版にあたって,福地龍朗博士に日本語を校正して頂きました。また,研究室の学生諸君には,図面作成や資料整理などを手伝って頂きました。以上の方々に感謝の意を表します。

 2009年5月,富士山麓にて
林 愛明