自然科学書出版  近未来社
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地質のフィールド解析法

【推 薦】
  @ 佐藤 正(深田地質研究所会長・筑波大学名誉教授)
  A 増田 富士雄(同志社大学教授・京都大学名誉教授)


推薦文 @ 青野君の本を推薦する
平成22年10月 佐藤 正(深田地質研究所会長・筑波大学名誉教授)
 地質調査という仕事がある。野外を歩いて地質をしらべる仕事である。ずっと昔はある地域全体を歩いて地質図をつくるのが地質調査の目的のほとんどすべてだった。 明治時代にはそれは日本の近代化におおいに役だった。 今でも海外で地図もないようなところの調査をするときはそういう調査がまず第一に要請される。その影響を引きずっていたのか,大学の卒論などで地域を与え,そこを網羅的にしらべ,そこにどういう問題があるか考えろという教育をしていたこともあった。すくなくとも戦後すぐまではそういう風潮がまだ残っていた。

 学問が進んで,なんのために地質をしらべるのかという問題意識が強くなると,図幅調査以外はそんな牧歌的な調査をする人はいなくなった。ある問題を解きたいと思ったら,そういう問題を解くのにいいところはどこか探してそこに出かけてゆくことになる。場所が決まっているのではなくて場所を決めるのである。さらに問題を解くのにどういう方法をとればいいか,言い換えればどういう調査をしたらいいかも考えることになる。今でもそうだが,地質調査法という本がいくとおりもあって,中には歩く道の選び方から,露頭の見方,ノートのとりかた,マップのつくりかたまで書いてあるものがある。地質調査マニュアルのようなものである。ルートマップ(典型的日本製英語)をつくって家に帰って地質図学にそって作図すると,いっぱしの地質図ができるかのように勘違いする人ができてもおかしくない。しかし地質の調査はそんなに簡単ではない。地質はそれこそ千差万別で行く先々で同じものなど出てこないので,マニュアルのとおりにやればなにかができるなどということはほとんどない。 いろんな調査のしかたがありえて,どういう方法をとるかということが問題なのだ。

 それではどうするかというと,露頭をじっくり見ることにつきる。ゆく先々でいちいちその露頭の意味を考えてゆくのである。簡単なところでは露頭ごとにそれがどっちに続くのか確かめるだとか,もう少し進めばその露頭が全体の地質構造の中のどういう位置にあるのかだとか,その構造ができたメカニズムはどんなものだったかなどなどを考えるのだ。ここでも型にはまった解決法などないといっても差し支えない。堆積学も構造地質学も岩石学も,もっている知識を総動員して,しかもある程度先を予想する能力も使って,考えながら歩かざるをえない。これはなかなか説明するのがむつかしくて,うまく説明してある本というのはそんなに多くないどころかまあないといってよいだろう。

 青野君はこの本で自分で調べたところを例としてあげて解決法を説明する,という賢明な方法をとった。これなら問題が何で,それを解決する方法はどうだったかの説明はうまくできる。なにしろ自分でやったことなのだから。彼があげた例は彼のこれまでの研究者生活の歴史をたどっているといっていい。学生時代に関東地方の葛生地域の地質構造発達を手始めに手がけたあと,いろいろなことに興味をもって研究を続けたらしいことがうかがえる。木曽川−古木曽川で礫の向きをしらべて流れの方向を推定したり,潮来の牛堀で地すべり体の断層系を解析したり,各務ヶ原のチャートの褶曲の軸方向を推定したり,房総半島の第三系で地層の重なり方をマルコフ解析法を使って解析したりするのは,単に例をあげているのではなく,どうやって問題に肉薄したかを説明しているととらなければならない。どれもこれも野外科学の基本であるフィールドでの観察をベースにしている。本の題を「地質のフィールド解析法」とつけたのはそのつもりであろう。しかし,この本にとりあげてあるやり方をそのまままねても得るところは少ないだろう。問題のたてかたやその問題に立ち向かうときの考え方をこそ学 びとるべきだと思う。

 くれぐれも題にとらわれてマニュアル的な本を想像しないでもらいたい。それでは著者の意図とは遠くはなれてしまう。学問の進め方はどうしたらいいのかという読み方でこの本を読んでもらいたいと希望する。


推薦文 A 『地質のフィールド解析法』の刊行によせて
2010年10月 増田 富士雄(同志社大学教授・京都大学名誉教授)
 地質学で,地層学,堆積学,構造地質学といった分野は,フィールド調査が基本となっている。この本の著者「青野宏美」氏は,長年,フィールド調査をもとに,地層や岩石の堆積や変形過程さらに地層形態に関する優れた研究をしてこられた。そうした研究の過程で,自分が創ってきたフィールドでの地層や岩石に対する観察や解析の方法を,人に伝えたいと書いたのがこの著書である。地質のフィールド解析法は,学問の世代によって,大学や研究所などのスクールによって,あるいは個人個人によって,さらには研究対象によって,それぞれ違う。この本は,著者自身のデータを用いて,これまでに習得した著者自身のフィールド解析法を伝えようとするものである。このフィールド解析法の最大の特徴は,「堆積学」という未変形の地層や岩石と,「構造地質学」という構造変形した地層や岩石の両方を解析対象にしたところにある。すなわち,この著者のフィールド解析法は従来の研究分野を横断したものであるところが魅力的なところといえる。

 著者は,地質学を学ぶ学生に,この本を読んでもらい,地質のフィールド研究が盛んになることを願っている。それは著者自身が味わったフィールド研究のわくわくする面白さを,学生に伝えたいというところから来ている。読者はこの本で,解析法を学ぶと同時に,フィールド調査や地質研究の面白さを感じ取ることだろう。それは,この本が,自分自身のデータや研究事例を使って書かれているからで,これが著書のさらなる魅力になっている。

 この著書は,内容を伝える11枚の美しいカラーの口絵に始まる。それは著書の構成を象徴している。
 第1章は「野外地質調査」である。ここでは調査法の概要が述べられ,著者が創出した新しい野外地質調査解析法を簡単に紹介している。著者は,新しい解析法を用いた研究によって,新しい世界観を創り出すことを目指していること,それには取得データの質を向上させることが不可欠で,それは見方を変えることによって創り出されると述べている。

 第2章は「現成堆積物と過去の堆積物との比較」である。河床礫を題材に,現在の木曽川・長良川と昔の木曽川の堆積物を解析している。著者はここで,地層を構成する堆積物を理解するには,現在の堆積物に対する深い理解が必要であることを述べている。さらに,過去の堆積環境を復元する例を示している。読者は研究者が何を計測して,何を復元しているのかを知ることになる。

 第3章は「断層の解析法」,第4章は「褶曲の解析法」である。この2章は著者の得意とする解析内容で,断層や褶曲についての解析の基本を学ぶことができる。どちらの章でも著者が行った具体的な事例が,豊富な写真とともに紹介されており,それが理解を深めるのに効果的になっている。この中では,堆積性の断層と褶曲の解析は,他書で取り上げられることが少なく,この著書の特記すべき点である。

 第5章は「地層の重なり方の解析法」である。ここでは地層の垂直方向の重なりについて,確率過程のマルコフ解析やモンテカルロシミュレーションで,調べる方法を示している。そこには,著者が「あとがき」で,堆積相の積み重なりが,似ているのか否かを判定する物指しとなる新たな『尺度』を提案できた!と語っている内容が加えられている。

 第6章は「新たな野外調査法への取り組み」という意欲的な章である。ここで著者は,作業仮説として,褶曲変形構造の新たなアイデアである『オリオリ褶曲』を提案している。これこそ著者が主張している“新しい見方”の提案である。また,新しい野外調査法には,新しい手法や道具を利用し,効率化を進めるとともに,地道な調査をたゆまぬ努力と柔軟な思考と謙虚な気持ちで行う必要があることを述べている。

 私はこの著書を読んで,新進気鋭の研究者だった著者と一緒にフィールド調査をした北関東の山々を想い出している。当時,フィールドで新しい発見をするたびに興奮し,露頭を前に熱く語り合ったあの懐かしい時代から,大きく進展している著者のフィールド解析法に,私は驚いている。そして,著者が優れた研究者であるばかりでなく,優れた教育者であることを,改めて知った。この素晴らしい著書を多くの若い人に読んでもらえるように,強く推薦したい。