自然科学書出版  近未来社
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地層処分 −脱原発後に残される科学課題−

本書の発刊によせて
2012年10月14日 千木良 雅弘(京都大学教授)

 我が国は,原子力を夢のエネルギーとして選択し,科学技術は十分信頼できるという考えのもとに,今まで原子力エネルギー利用を進めてきました。しかし,東日本大震災による福島第一原子力発電所事故はこの考え方に見直しを迫り,さらには原子力政策そのものも根本から見直されることになりました。その結果,我が国が原子力発電を選択した時からずっと先送りされてきた重大な問題,高レベル放射性廃棄物の処分問題に多くの人が覚醒したと,私は考えます。

 東日本大震災によって,多くの人が「やっぱり我が国は地殻変動が活発なのであって,他の安定な国とは違うのだ」,ということを再認識したことでしょう。そして,「こんな国で数万年もの長期的安定性を要する高レベル放射性廃棄物を処分するところなど,あるのだろうか。」そうした疑問が大きくなったことと思います。特に,見えない地下,しかも想像もつかない長期間,を相手にしているだけに一層のことと思います。この漠然とした疑問と不安感は人間の根源的なもので大切なものであり,高レベル放射性廃棄物の処分に関しては,それを踏まえた研究展開と対応が求められます。ただ,高レベル放射性廃棄物は我が国内で処分しなくてはならず,それが本当にできないならば,そう結論を出さなくてはなりません。もう,いたずらに問題を先送りにできない時になりました。そのことを私たちは認識しなければなりません。

 日本学術会議は,2010年9月に内閣府原子力委員会委員長から「高レベル放射性廃棄物の処分に関する取組みについて」と題する審議依頼を受け,「高レベル放射性廃棄物の処分に関する検討委員会」を設置し,検討を開始しました。学術会議が初めて高レベル放射性廃棄物の地層処分に正面から向き合ったのです。委員は,人文・社会科学と自然科学の分野の様々な構成で,私もその一員として検討に加わりました。本検討委員会の審議を経て,日本学術会議は,本年の9月11日に「回答」をとりまとめました。それは,国のそれまでの政策を単に後押しするものではなく,抜本的な見直しを迫るものでした。特に,国民的合意を得た形で高レベル放射性廃棄物処分を実現するために必要な考え方や方法について多くの意見が述べられました。また,「超長期にわたる安全性と危険性の問題に対処するに当たっては,現時点での科学的知見には限界があり,安全性と危険性に関する自然科学的,工学的な再検討にあたっては,自律性のある科学者集団(認識共同体)による,専門的で独立性を備え,疑問や批判の提出に対して開かれた討論の場を確保する必要がある」としています。つまり,「正しく信頼性の おける科学的検討結果を国民に説明して納得してもらえれば,処分が実現できる」,というやり方では通らない,という結論を出したのです。この「回答」を処分場立地選定に絞って考えると,「科学者集団(認識共同体)が,専門的で独立性を備えて,疑問や批判の提出に対して開かれた討論をしつつ,立地選定について討論する」ということになるでしょう。私もこのような形でなければ,日本で国民的合意を受けた形で処分場を選定することは不可能だと考えます。

 こうした状況にあって,本書はまさに時宜を得た出版であります。本書では,地球科学や地質学の立場から,高レベル放射性廃棄物とはどんなものか,なぜ地下深くに処分されることが各国で選択されているのか,処分を安全に実現するには何が求められるのか,また,外国横並びではなく我が国では特に何が問題なのか,我が国に処分可能な地域はあるのか,このようなことについて,実に明快に書かれています。

 本書は,筆者の専門分野である地球科学の観点から執筆されていますが,専門的な部分を読み飛ばせば,十分に一般の人が読むことができるように構成されています。また,中には,自らが研究開発に深くかかわって来なければ書けない内容や,思いつかない視点がつまっています。本書は,国や事業者が処分を実現するために理解を求めるための解説書とは全く異なります。あくまでも科学者として,高レベル放射性廃棄物を何とかしたい,という熱い気持ちで書かれたものです。

 多くの人に本書を読んでいただき,高レベル放射性廃棄物そのものや,地層処分について理解を深め,また,その問題点についても認識していただきたいと思います。そして,単に漠然とした不安感を持って地層処分はできるはずがない,などと思うことなく,科学的な知識を持ってこの難問に向き合っていただきたいと思います。原子力発電は中止することになっても,すでに大量に生産されている高レベル放射性廃棄物や使用済み核燃料からは逃げることができないのですから。