自然科学書出版  近未来社
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地層処分 −脱原発後に残される科学課題−

はしがき

 私は,自分自身原子力の積極的推進者とは正直思っていない。その思いは,震災以降ますます強くなっている。私自身,物心付いたときには,すでに日本には原子力発電所が数十基存在し,稼働し,主力電力供給の1つとなっていた。つまり私自身,これまで数十年間にわたり,その原子力エネルギーを享受してきた一人(世代)であることは否定できない。
 資源の少ない日本において,1960年代の経済成長以降,経済発展に伴い,また近年の地球温暖化に伴う二酸化炭素フリーという特徴のもとに,原子力が資源の少ない日本の主力エネルギーとなってきたことは間違いない。そして3.11の東日本大震災が生じ,福島原子力発電所の事故が発生した。そこで私たち日本人の全てが,制御できなくなった原子炉と拡散した放射性物質の怖さを目の当たりにした。福島原子力発電所から拡散した放射性Csによって汚染された土壌の量は膨大なものである。
 本書は,そのような原子力エネルギーのリスクや原子力利用の是非を問題にすることが目的ではない。原子力発電によってもたらされる高レベル放射性廃棄物の地層処分について,その現状をできる限り客観的かつ科学的に示し,論じることを目的としたものである。将来的には,福島原子力発電所の廃炉に伴う廃棄物なども処分対象となるかもしれない。それらの廃棄物を我々はどのように取り扱っていくべきなのか。地層処分の現状と問題点についての情報の共有化が進むことを願いつつ本書をまとめた。
 これまで半世紀以上にわたって,私たちは原子力発電の恩恵を少なからず受けてきたことは事実である。恩恵を受けつつ経済活動を拡大させ,私たち自身の生活環境も便利なものへと変化させてきた。その一方で,半世紀に及ぶ期間,放射性廃棄物も蓄積していった。しかし,放射性廃棄物の処分問題については,これまで先送りされ続けて現在に至っている。核燃料サイクルの再処理工程から生じる高レベル放射性廃棄物は,地下300メートルよりも深い地質環境に「地層処分」されることが検討されてはきたものの,その処分場は未だに決まっていない。
 東日本大震災以降,将来的な原子力エネルギーのあり方が議論されている。核燃料サイクルについて,プルトニウムを主燃料とする高速増殖炉「もんじゅ」を含めた使用済核燃料の再処理のあり方についても議論がなされている。本書で取り上げる「地層処分」の対象となるものは,まさにその使用済み核燃料の再処理工程から生じるガラス固化された高レベル放射性廃棄物である。もし再処理を中止すれば,高レベル放射性廃棄物はこれ以上増えなくなる。しかしこのことをもって,原子炉で使用された「使用済み核燃料」の処分問題が解決するわけではない。使用済み核燃料については,それをそのまま地下に処分する「直接処分」を考えることが必要となる。
 使用済み核燃料を再処理することなく処分する「直接処分」が,東日本大震災以降,核燃料サイクルの問題と併せて議論されはじめている。しかしこの直接処分も,地下深部に埋設する方法であるという意味では「地層処分」と何ら変わるところはない。その違いは,廃棄物中にウランやプルトニウムが多く含まれているか否かにある。今後のエネルギー政策の一環として脱原発を選択し,原子力発電をストップしたとしても,我々は,半世紀近く使用してきた原子力発電によって生じた廃棄物処分の問題から逃れることはできない。
 もし,これらの廃棄物を我が国の地下環境に処分しようと考えた場合,その安全性はどのように担保されるのだろうか。日本の地質環境は,「変動帯」と呼ばれるように火山活動や地震,隆起・沈降など,地質学的現象の活発な地帯である。このような日本の地質環境,地下環境の中での処分は果して可能なのか。変動帯における地下環境とはどのような性質を持っているのか。将来,そのような地質環境での「地層処分」を実施するのであれば,これらの影響をできる限り排除した地域で行わなければならない。

 これらの背景を念頭に,第1章では,放射性廃棄物の性質に触れるとともに,地層処分という考え方に至った過程(歴史的背景)とオクロ天然原子炉をはじめ,ナチュラルアナログという考え方など,地層処分,直接処分の技術的背景について述べている。
 その理解のもと,第2章および第3章では,日本の地下環境の特徴を示すとともに,地層処分に求められるバリア機能について,具体的な調査・研究事例を通して現状と課題に触れた。そして第4章では,日本の火山活動や長期に及ぶ隆起・沈降,また地震・断層活動といった変動帯地質環境の特徴と,地下処分にとって重要な要件についてその基本的な考え方を述べる。地下環境にバリア機能が存在していたとしても,その地下環境自体が,火山や断層運動によって,あるいは隆起して地表に露出して破壊されてしまってはどうすることもできない。一方で,これまで蓄積された知見を基に,日本においても,安定した地域を選ぶことは可能であるとも考えている。そのためには,日本独自の地質現象を踏まえた上で,客観的に議論することが重要である。そして第5章では,それらのまとめとして今後の課題についての整理を行った。

 本書は,これまでに研究蓄積されてきた地球科学的,地質学的知見,また自らの研究成果に基づいて,変動帯地質環境での地層処分の可能性について論じたものである。検討にあたっては,できる限り客観的に議論することを心がけたつもりである。しかし一方で,世の中にバイアスが皆無なメッセージ,判断は存在しないとも言える。もし,バイアスがかかりすぎた部分があれば,読者諸賢のご叱正とご指摘を頂きたい。最後に,本書の内容が少しでも,地層処分の現状を理解したいと考えている人たちに届き,活用され,次世代への技術の継承のあり方も含めて,放射性廃棄物処分の議論の一助となれば幸いである。

 2012年9月
著  者