自然科学書出版  近未来社
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聞き歩き 福島ノート −福島のこれからを語ろう−

まえがきに代えて
 −福島を知る活動の原点−

 2013年2月初旬のことでした。私は東京上野駅から電車に乗り福島県広野町に向かっていました。広野町は,原発事故から約1年間にわたって避難指示が発令されていた地域で,東日本大震災に伴い事故を起こした福島第一原子力発電所の南方約20〜30キロメートルに位置してします。途中,いわき駅で下車し,街の様子を見て歩きました。いわき市は避難してきた被災者や他県から入ってきた労働者によって人口が増えており,駅前に広がる繁華街は,とてもここが被災地とは考えられないほどの賑を見せていました。私もしばらくしてから,人口が増えたことによって発生している住民トラブルの存在を知ることになるのですが,その時は,いわき市が何の問題もない活気あふれる街にしか,私の目には映りませんでした。

 いわき駅から終電に乗って広野駅に到着すると,私を含め数名の降車客がいるだけで,駅の周りにはほとんど人影がありません。酔客をはじめ,活況を見せていたいわき駅とは対称的に,ほぼ無人に近い広野駅は,電車に乗れば25分の距離でいわき駅と繋がっているのです。しかし,私には25分という時間を遥かに超えるほどの「人々の意識の断絶」がそこにはあるように感じました。そして今後,この断絶は浜通り(福島県いわき市内)での生活を通していたる所で目にすることになるのです。
 さて,広野町のホテルに移動する手段がなく困っていたところ,偶然にもタクシーを拾うことができました。

 「お客さん,本当に運がいいですよ。いわきから広野まで客を乗せていたからここまできたけど,こんな夜中に広野までは来ませんからね。第一,広野まで行っていたら赤字になりますから。」

 乗る側にも乗せる側にも幸運が重なりました。ぽつりぽつりと家の灯を見ることはできますが,タクシーの窓越しに見える広野町の風景はとても暗く映ります。終電に乗ってきたサラリーマンでしょうか,タクシーのヘッドライトにその男性の後ろ姿が照らし出されたとき,運転手さんがすかさずこう言いました。

 「まるで亡霊ですよ,お客さん。ここは死んだ町だと思った方がいいですよ。家に帰る手段がないから,広野の人は歩いて帰るしかないんです。」

 普段聞きなれない「亡霊」という言葉を運転手さんから突然聞かされて,私は一瞬ドキリとしました。生きている人間を亡霊扱いするとは不謹慎極まりない話ですが,後から思い返してみると,確かにそのとき見た男性の後ろ姿は「生きている亡霊」そのものでした。被災地広野に初めて足を踏み入れた時に受けた印象は,その後の私の「福島を知る活動」の原点となりました。それと同時に,福島の今を生きる人たちの抱えている現実をひとつでも多く正確に伝えるために,今を生きる日本人の一人として私たちがなすべきことは何か,何をまずしなければならないかを,福島や原発問題を通して考えてみたいと思うようになったのです。
 「福島を知る活動」からさらに発展させて,「みんなで福島と原発を考える活動」の必要性を痛感した私は,これまでの活動を通して詳細に記録してきた取材ノートを生きた教材として使わせていただき,一冊の本にしたいと思うようになりました。本書は,その果実ともいうべきものです。福島で出会った人々の生活の実態や生の声を公平かつ正確に届けることができていること,この本がみんなで考えるきっかけとなっていれば,著者として望外の喜びであります。

 最後に,私の取材に快く応じていただき貴重なお話を聞かせてくださった多くの方々,被災現場の写真撮影を許可され,本書への転載をお許しいただいた方々に対しまして,お名前はそれぞれ掲記しませんが,この場を借りまして厚く御礼を申し上げます。

 2014(平成26)年1月
著  者