自然科学書出版  近未来社
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仕事に役立つ管理会計−利益を取りにいく会計知識と会計情報−

はじめに

 私は、平成22年1月末に旭化成ケミカルズ株式会社を退職しました。会社生活の約40年間のうち、本社地区で約20年、工場地区で約20年を過ごしました。
 計理計数分野の仕事が中心でしたが、仕事内容は、約20年間が本社基礎研究(国庫補助金を受けた化学法ウラン濃縮の基礎研究)及び事業部組織の基礎・応用研究と新規事業開発プロジェクトの予算管理業務、そして約20年間が会社全体の予算・決算を通じた利益管理業務、自家発電に関する電力の原価管理業務、地区支社の予算管理業務及び事業部組織のもとでの工場の予算・決算を通じた原価管理・利益管理業務を担当しました。
 延岡支社時代では、電力の原価管理・損益管理を行い、また用水委員会の事務局となり、用水不足対策の立案や緊急時用水制限令などを作りました。支社の予実質管理を行い、工場への応役配賦計算の機械化を実施しました。オイルショック時であり、借入が容易ではなく高層煙突・電機集じん機の設備資金を公害防止事業団より借り入れました。
 子会社の旭ダウ時代では、標準原価計算制度の導入を行い、また自己資本比率向上のため、利益の増加と資産圧縮に取り組みました。また、インフレ時の償却不足額を計算したり、年度計画編成用のシュミレーションシステムを使いこなしました。
 原子力の時代では、化学法ウラン濃縮補助金の申請、報告業務に携わりました。会計検査院の実地検査を十数回受けました。検査の視点は正確性、合規性、経済性、効率性、有効性について検査が行われ、無事に終了しました。国の会計からも多くを学びました。
 大分工場では、原価管理・損益管理の他、個別受注生産工場としての生産管理・購買管理を実施しました。同時に在庫削減活動の事務局も担当し、総資産の圧縮に務めました。
 化薬研究所時代は、基礎研究及び応用研究の予実算管理を行いました。新規事業開発も兼務し、事業の経済性評価などを行うとともに、後輩のため会計経理を分かりやすく学ぶためのテキストなどを作りました。
 これらの仕事の中でも私が得意としてきた分野は、会計経理業務のうち、短期的利益、長期的利益に関する将来の利益管理に有用な情報を提供する管理会計分野でした。財務会計分野は、外部の利害関係者である株主・投資家・債権者・関係官庁を対象として財務諸表を提供する会計分野(連結損益計算書・連結貸借対照表・連結キャッシュフローの公表)であります。一方、管理会計分野は財務会計分野と密接に関連しますが、経営トップ・部門責任者から現場管理者に対して、意思決定に有用な会計情報を提供する会計分野でもあります。
 財務会計がどちらかと言えば、経営実績の正確で迅速な把握、そして理解しやすい財務会計データの提供に力点がおかれ、また投資家などの判断材料として間違いが起きないように、会社法、金融商品取引法、法人税法、企業会計原則、財務諸表規則、連結会計規則、国際会計基準、税効果会計、時価会計、退職給付会計、減損会計などの規定を遵守し、正しい経営成績、正しい財務状態を示しているかにつき、監査役監査や第三者である公認会計士監査によって担保することが要求されています。したがって、一般に会計経理というと、この財務会計の占めるウェイトが高く、解説書も多数発行されております。
 しかし、企業内部の会計経理計数分野の担当するウェイトは、財務会計が10%ぐらい、短期的利益獲得そして長期的利益獲得に役立つ管理会計が90%ぐらいではないでしょうか。そうであるにもかかわらず、後者の管理会計に関する規則類・教科書的なテキストは、それほど発行されておりません。各企業のホームページには投資家情報(IR情報)が詳細に掲示されていますが、当然会社の意思決定に関する将来情報は連結売上高、営業利益など限られたものであります。また業績管理制度などは、企業独自のものが多く、長年にわたり開発されてきたものですから、経営トップから末端の現場管理者まで理解し意思統一できるものとなっており、また優良な企業ほど外部環境に適応すべく優れた管理会計システムを持っています。これらのシステムについては極めて関心が高いものの、一般には公表されていません。
〔優れた管理会計システム〕
1. 京セラのアメーバ経営、時間当たり採算性
2. トヨタ自動車の原価企画、原価改善活動
3. キャッシュフローを重視したEVA経営システム
(花王、ソニー、キリンビール)
4. 村田製作所のマトリックス経営
5. パナソニックの事業部制、社内資本金制度
6. シャープなどの環境会計システム
7. 日東電工の日々動態管理システム
8. ダイセル化学のTCMS(Total Cash Management System)
9. 田辺三菱製薬、日東電工のマテリアルフローコスト会計システム
10. ソニー、東芝などの6σ経営
11. 横河電機、宇部興産などのシェアードサービスの管理会計
12. ドコモのリアルタイムマネジメントシステム
13. リコーのバランスドスコアカードによる管理会計システム
 本書では、私の会社生活の基盤となった会計経理業務のうち、特に管理会計業務(儲けるための会計、経営トップ〜現場管理者まで幅広く有用な会計情報を提供するための会計)について解説していきます。経営者のための管理会計だけではなく、企業内の各部場における末端の管理者、例えば製造現場の職長から研究テーマ責任者に至るまで有用とされるのが管理会計です。また、財務会計の複式簿記から予算編成までわかりやすく説明していきます。
 一企業で終身仕事をしたため、自分の仕事がすべての会社に通用するとは思いませんが、的はそれほど外していないと思います。経営トップを目指される方、現場の職務責任者となられる方には是非とも一読していただければ幸いです。また、自分の置かれた仕事にとって役に立つことはないか、という視点からも是非学んでいただきたいと思います。
 研究開発から新規事業の立ち上げまで参画しましたので、事業の先行き見通しが明るくなったときに、是非管理会計の武器となる考え方、手段や方法を体得され、経営管理・現場管理に役立てていただきたいことを本書では詳しく書いてみました。会社の中では、管理会計を専門とする人がおり、最終的にはこの方々に依存して共に作業を進めていくことになりますが、いろいろな条件の設定により将来獲得する利益はどうなるかなどを自分でチャレンジして、計算していかれることを是非お薦めします。そうすることによって、主体的に利益を取りにいくことの意味がわかってきます。また、管理会計を専門とする人は、自分自身の領域を広げ、販売・製造・研究・管理部門の人との接触を密にし、協働して会社・事業部・工場の利益に貢献する仕事をしていただきたいと思うものです。これがスタッフとしての使命です。退職してまだ頭が柔らかいうちに本書を執筆しました。
 本書の構成は、以下の通りです。
 第1章 管理会計とは何か
  予算を中心とする管理会計を理解するために、わかりやすく財務会計・管理会計の基礎的知識を身につけるため「現場の方々にも分かる会計知識(貸借対照表と損益計算書がたやすく分かる)」を、事業の開始から決算・予算を用いてその概略を説明します。

 第2章 利益を取りにいく会計知識と会計情報
  まず研究開発から新規事業への見通しが見えたとき、研究者・新規事業関係者に身につけてほしい事項のうち、(1)原価計算が容易に理解できる、(2)見積書が容易に理解できる、(3)利益計画が容易に理解できる、(4)その他の仕事に役立つ数字や情報などについて説明します。

 第3章 管理会計の武器
  最後に、個別的事項として管理会計の武器である(1)限界利益の有用性について(限界利益とは売上高より比例製造費を控除したものです)、(2)原価計算の一形態であり、財務諸表作成及び原価管理のための標準原価計算の有用性について、(3)その他の管理会計の手法(予算編成と業績管理と在庫削減など)について説明します。

 一企業で会計経理を担当した者が執筆した本であり、財務会計のような共通的に通用するとは思いません。しかし、本書を読まれる方々が「利益を取りにいく会計」を目指し、各事業、各現場にて、またその時代時代で役に立つ管理会計システムを創意工夫して構築されることのお役に立てれば幸いであります。

 2014(平成26)年6月
著  者