自然科学書出版  近未来社
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ノンテクトニック断層 −識別方法と事例−

まえがき

 社会とのかかわりが深い応用地質学や環境地質学にとって,地表直下の地質構成や地質構造を把握することは地域の表層地質特性を理解するために重要であるが,そのような場所にみられる断層には構造運動(テクトニックな運動)以外の要因によるものが混在していることがある.たとえば重力下で進行する地すべり運動のすべり面や地震動による斜面の地割れ,火山性の地盤隆起に伴うクラック群といったようなものである.この種の断層の存在は古くから知られていたものの,形成の要因や機構を追求して体系的に整理されることはなかった.しかし,最近になって,そのような断層はnontectonic faultと呼ばれるようになってきた.「ノンテクトニック断層」はこの日本語訳であり,テクトニックな運動以外の要因による非構造性の断層を意味する.
 「ノンテクトニック断層」の形成要因は多岐にわたるが,概念としては分かりやすい.しかし,現実に自然露頭や切土法面に現れた断層の一部を前にしてそれがテクトニックかノンテクトニックかと問われれば,判断に迷うことが少なくない.これは,断層の形態や構造に基づいて形成の機構や過程を特定してゆく方法や,識別のための具体的方法や基準が確立されておらず,複数の可能性の中から試行錯誤的に解を見いださねばならないためである.識別手法の確立には形成機構や過程にまで踏み込んで検討する必要があり,このことが重要課題として浮かび上がってきた.
 こうしたことを背景に,われわれはノンテクトニック断層に関する研究グループを組織し,わが国各地の事例を収集して検討を重ねてきた.本書はこれまで学会などで公表してきた内容をもとにその後の資料などを含めて整理したものである.資料整理から編集作業を経て原稿に仕上げるまでに10年近く要したが,これはノンテクトニック断層にかかわる研究と検討作業がいまだに進行中であることを意味している.多岐にわたるノンテクトニック断層の形成過程や機構の解明,普遍的な識別方法確立までの道のりは遠いが,本書をそうした目標への第1段階としたい.
 本書の構成は,第1〜2章にノンテクトニック断層の概要とその形成要因や形成場所をもとにした識別方法について述べ,第3〜6章に要因別に整理した断層の事例を示す.ノンテクトニック断層の理解には各地の事例をみることが効果的と考えられる.ただし,現実には要因が複合している場合が多いため,これらの事例を参考にしても,それぞれの場所に応じた注意が必要である.実際,われわれの間でも意見が一致しない事例もある.第7章には簡単なまとめと課題を記した.
 なお,本書の編集の最終段階には,原子力発電所の審査において“活断層か地すべりか?”の議論がマスメディアを介して広く伝えられた.専門家でも解釈が分かれる事態に不信感をさらに醸成させた方もいらっしゃるかもしれないが,それは同時にこの問題の社会的深刻さを示している.われわれがかかわってきたテーマが今日の学問上の大きな盲点であり,研究者,技術者を問わず地質関係者にとって大きな課題であることを改めて認識した次第である.本書に掲載した多くの事例を通じてこのような課題解決に少なからず貢献できると信じている.

 2014年12月
編著者 一同

 本書は構造地質学・地形学・地すべり学などにある程度習熟した読者を対象にしたが,分野が多岐にわたり,それぞれの用語の定義もさまざまである.簡単な解説は脚注や用語解説のコラムに示したが十分とはいえないかもしれない.必要な場合には巻末にまとめた文献のほか,下記に示すような事典・教科書を参考にしていただきたい.

 地学団体研究会 編,1996,『新版 地学事典』.平凡社.
 狩野謙一・村田明広,1998,『構造地質学』.朝倉書店.
 金川久一,2001,現代地球科学入門シリーズ10『地球のテクトニクスU 構造地質学』.共立出版.
 (社)日本地すべり学会 地すべりに関する地形地質用語委員会 編,2004,
  『地すべり−地形地質的認識と用語−』.(社)日本地すべり学会.
 松倉公憲,2008,『地形変化の科学−風化と侵食−』.朝倉書店.