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災害地質学ノート

【書評】
 書評 @ 「砂防学会誌」 (71巻,4号,p85,2018年)〔評者;坂井佑介〕
 書評 A 「地学雑誌」 2019年 128巻1号, N6-N7, 東京地学協会〔評者;高橋正樹〕


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砂防学会誌(71巻,4号,p85,2018年)
坂井 佑介(国土技術政策総合研究所)
 砂防に関する業務や研究を行う上で,地質学に関する知識を有していることが重要であることは言うまでもない。砂防で対象とする土石流や崩壊,地すべりといった土砂移動現象の発生場が地質と深く関わっており,またそれらの土砂移動から人命や財産を守る対策施設を計画・設計・施工する際にも地質に関する情報は必須である。
 地質学の定義について,日本地質学会ホームページに掲載されている記述を要約すると「19世紀〜20世紀前半には固体地球表層の地殻の岩石や地層そして化石などを対象として地球の歴史や現象を包括的にあるいは個別的に研究していたが,20世紀後半以降は地球諸科学が融合して『地球を知る』作業が必要となり,切迫する地球環境問題や大規模自然災害の解明などに答えながら発展する科学である」とされている。地質学に関する書籍というと,どちらかといえば要約の前半部分について記述されたものである,と想像する方が多いのではないかと思う。例えば,地殻変動について,岩石や鉱物の種類,風化作用の仕組み,といった地殻の岩石や地層を対象とした地球の歴史や現象に関する知識である。しかし,砂防に関する業務や研究を行う上では,これらの知識を知っているだけでは不十分である。なぜなら,地殻の岩石や地層に関する諸条件が砂防で対象とする土砂移動現象にどのような影響を及ぼしているかが重要となるためである。
 本書については,地質学の定義に係る要約の後半部分にあたる内容について記述された書籍といえる。特に,『災害地質学ノート』という書名のとおり,災害を引き起こす斜面崩壊や地すべりなどの斜面移動と地質学における知識との関係に焦点を当てている。このことから,砂防に関する業務や研究を行う上で,非常に有用な内容となっている。
 本書の目次と主な内容は以下のとおりである。

第1章 岩石の種類と特徴:火成岩,堆積岩,変成岩,破断層と混在岩で項を分けて,例えば火山岩の項であれば,深成岩(花崗岩,花崗閃緑岩etc),火山岩(貫入岩,溶岩etc)などの生成過程や構成する鉱物などの特徴,地質災害との関連について記述。
第2章 斜面移動に重要な構造:斜面移動と関連が深い断層や褶曲,面構造などの地質構造の構造的な特徴と様々な要因による分類(例えば,褶曲であれば,地層の凸面が上を向いた構造であれば背斜,下に向いた構造を向斜),その分類ごとの斜面移動との関連について記述。
第3章 斜面移動に重要な地形:斜面移動の原因となるような地形,斜面移動の結果として形成される地形など,斜面移動に関連する地形の形成過程や斜面移動との具体的な関係について記述。
第4章 土と岩石の物理的性質,変形と強度:基本的な物理量,応力と歪,強度の指標とその試験方法,水との関わり(透水性などの指標,水理地質構造etc)などの地質災害の発生を理解する上での基礎的な知識について記述。
第5章 斜面移動予備物質の生成:斜面移動を起こす物質(本書では斜面移動予備物質と呼ぶ)である粘土と粘土鉱物の種類と特徴,斜面移動との関連について記述。また,斜面移動予備物質を生成する物理的風化作用と化学的風化作用の要因と要因ごとの生成メカニズム,風化作用によって生成された土壌の構造(風化帯構造)の分類と分類ごとの特徴や形成プロセス,斜面移動との関連について記述。
第6章 斜面移動の分類と特徴:斜面移動に関連する言葉や分類方法に関するレビューと本書で用いる斜面移動の分類を整理した上で,重力斜面変形や地すべり,崩壊などの斜面移動の分類ごとの発生場の特徴や発生メカニズムについて記述。
第7章 高速移動の引き金:大災害につながりやすい高速の斜面移動の誘因(地震,降雨,火山活動)ごとの発生事例とその留意点について記述。
第8章 斜面移動の予測と解析:発生場所の予測手法,現地における亀裂の状態や変位などによる発生時期の予測手法,斜面移動の計測手法,斜面移動の安定解析,空中写真判読や航空レーザ計測による地形観察・解析手法などの概要について記述。

 このように「第1章 岩石の種類と特徴」,「第4章 土と岩石の物理的性質,変形と強度」では地質学の教科書的な内容を押さえながら,「第2章 斜面移動に重要な構造」,「第3章 斜面移動に重要な地形」,「第5章 斜面移動予備物質の生成」で斜面移動と関係のある地質学に関する知識を記述した上で,さらに「第6章 斜面移動の分類と特徴」,「第7章 高速移動の引き金」,「第8章 斜面移動の予測と解析」では地質学の視点から斜面移動そのものに焦点を当てるという構成になっている。特に最も多くのページが割かれている第5章には,著者の並々ならぬ思いが込められている。個人的には「第6章 斜面移動の分類と特徴」が,自身の今後の研究を進める上で大いに参考となった。
 本書は全体に亘って,著者の豊富な野外における調査研究の経験に因る分かりやすい解説とともに,現地の写真やスケッチ,図面なども掲載され,理解しやすい内容となっていることも読者には嬉しい。また,著者による最新の研究成果が反映されており,さらに仮説的なことや論文として発表していないデータに基づくことも含まれている。これから地質学,特に,災害を引き起こす斜面移動との関係を勉強しようとしている方への入門書としてはもちろんのこと,現在取り組んでいる砂防に関する業務・研究成果を一段高める専門書としても,是非とも手に取って頂きたい一冊である。
(Received 19 September 2018)


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「地学雑誌」 2019年 128巻1号, N6-N7, 東京地学協会より転載
高橋 正樹
 日本列島は自然災害列島である。気象災害,地震災害,火山災害などが毎年のように頻発している。特に台風や集中豪雨によって引き起こされる気象災害は頻度も高く犠牲者の数も多い。気象災害では洪水や土石流の被害が目立つが,斜面崩壊もしばしば重大な災害をもたらす。斜面崩壊は気象災害ばかりでなく地震災害としても重要である。2018年9月に起きた北海道胆振東部地震でも,丘陵地帯において多数の斜面崩壊が目立った。
 本書の著者はこうした斜面崩壊災害研究の第一人者であり,これまでも関連した多くの著書を出版している。本書は20年前に出版された「災害地質学入門」にその後の研究の進展を加味して新たに上梓されたものである。著者によれば「災害地質学ノート」としたのは,単なる入門書ではなく,著者の思想を色濃く反映させたためということである。

 本書では,斜面崩壊災害地質学の内容がきわめて簡潔に大変要領よく,しかも体系的にまとめられていて,斜面崩壊災害学の全貌を基礎から学ぶには好適なものとなっている。前半では,「岩石の種類と特徴」「斜面移動に重要な地質構造」「斜面移動に重要な地形」「土と岩石の物理的性質」といったきわめて基礎的な内容がわかりやすくまとめられており,次に「斜面移動をもたらす重要な予備物質を生成する風化作用」,さらに「斜面移動の分類と特徴」および「斜面の高速移動の引き金」についてふれ,最後に「斜面移動の予測と解析」で終わっている。「おわりに」には「野外調査の服装とバッグについて」と「私が常に持ち歩いている用具類について」といったユニークな文章が付録となっており,著者自らがモデルとなった写真がついている。

 現代では,異常気象の発生頻度の高まりと相まって,斜面崩壊災害は我々のきわめて身近な現象となっている。斜面崩壊災害の防災や減災のためには,斜面崩壊という現象を科学的に正しく知っておくことが必要である。そういった観点からも,本書は,一部に少々専門的で難しい内容も含まれてはいるが,地方自治体の防災担当職員やコンサルタント技術者,防災に関心のある学生や多くの一般市民に一読をお勧めしたい好著といえる。